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「お化けは病気に罹らないって言うけどね……」
呆れたような咲夜の言葉に、
「ど、どこのホラ話ですかぁ、それ〜……くちゅん」
反論しかけ、可愛らしいくしゃみ。
紅魔館の門番こと紅美鈴、彼女はぶっちゃけ風邪をひいていた。
屋敷の名と共通する真紅の髪は、絡まってしまわないように三つ編みにされており、さらには着ているのも形こそ似ているが、普段と比べると随分地味な色彩のもののため、ぱっと見ただけでは誰だかわからないかもしれない。
「確かに咲夜さんが来て以来病気したことなかったですけど、私だって病気にくらいなりますっ。大体お化けと妖怪は別ですよぅ」
「そう」
言って、咲夜はサイドテーブルに置いてあった林檎を手に取った。
美鈴がまばたき一回するかしないかの刹那に、それは八分割され、ウサギを模した形に切り揃えられる。
「そうですっ。大体それを言うならパチュリー様はどうなんです、パチュリー様だって魔に列なる者ですけど、病弱じゃないですか」
「言われてみればそうね」
少し考えるような素振りを見せ、咲夜は、
「……でも、お嬢様や妹様は病気になんてならないわよ?」
そう続けた。途端ただでさえへにょっとしていた美鈴の表情が泣きそうに歪む。
「お嬢様と比べないでくださいぃ……」
二人の主、レミリア・スカーレットは魔の中の魔とも言える吸血鬼だ。美鈴とは格が違う。
咲夜は兎林檎が並んだ小鉢をサイドテーブルに置いて、立ち上がりながら、
「まあ、いいわ。私は仕事に戻るから」
軽く美鈴の真紅の髪をぽんぽんと叩く。
「早くよくなりなさいな」
「……はい」
珍しく優しげな様子の咲夜に、美鈴は素直に頷いた。もっとも、美鈴は侵入者以外には常にわりと素直だが。
咲夜が立ち去ってしまえば、部屋に残るのは美鈴一人だ。普段はなんとも思わない自室だが、こうして風邪を引いて寝込んでいると、妙に広く感じてしまう。
「あうう〜」
ちょっと寂しくなって唸った。
美鈴は門番である。外を警備しているメイドは数人一組だし、館内警備や普通の家事をしているメイドもまた、数人一組で動くのが基本。この紅魔館において美鈴を除き一人で行動するのは主姉妹とその友人パチュリー、図書館の管理人である小悪魔と、メイド長たる咲夜だけだ。つまり、メイド達は組んで動いているので必然的に交流関係が生まれるのだが、それ以外の面々は望んで動かない限り他人と接触しない。
とは言え、咲夜は主であるレミリアと単なる主従関係以上の絆で結ばれているし、パチュリーが一人でいるのはそれを好んでのこと、レミリアとは好きな時に会えるし小悪魔だって何時でも呼び出せる立場だ。
そう考えると、自分に暇な時間を共に過ごせるような相手はいるだろうか。
「よく考えてみたら、私このお屋敷に友達っていないんじゃ……」
確かに咲夜とは雑談することはあれど、友人とは言い難い気がする。よくて同僚だろうか。
「がーん……」
外に一人で突っ立っていなければならないことを考えると、美鈴が一番孤独の時間が多いから
一人には慣れているようなものだが。それとこれとは別問題だ。
「でも、今更メイドさん達の中に割って入れないし……」
見た目や弾幕の色彩は派手目な美鈴だが、性格は内気とは言わないまでも控え目だ。しなくていい遠慮までしてしまう。
「ああう〜」
妙なショックを受けている美鈴。どんどん深みにはまりそうな彼女の思考を断ち切ったのは、
「馬鹿なこと考えてるのね……貴女」
突然響いたハスキーボイス。
「え……!? あ、パ、パチュリー様!?」
つまらなそうに呟いた声の主は、紅魔館内に存在する魔法図書館の主、パチュリー・ノーレッジであった。
ドアが動いた様子は無い……が、超一流の魔女である彼女にとっては美鈴の部屋に己を在ることにするなど容易いのだろう。
「い、いけませんパチュリー様っ、風邪が感染ったら……」
「いくら病弱でも貴女の風邪をもらうほどじゃないわ」
あたふたと言う美鈴を、一言で切って捨てる。
実を言えば、美鈴はこのお嬢様の友人の事が苦手だった。何しろ門番なんて無能の役職と言って憚らないのだ。レミリアへ美鈴を首にしろなどというわけではないのだが、だからと言ってそんなことを公言する彼女を、門番を務める美鈴が苦手にならないはずはない。
「うだうだ迷ってるから風邪なんて引くのよ。もうちょっと周りを見てみなさい」
「え……?」
ちらりと、パチュリーが扉へと気だるげな視線を向ける。
途端、
「「「きゃっ」」」
悲鳴の三重奏。
突然、扉が凄い勢いで開いた。同時に転がり込んでくる人影が三つ。
「え、え?」
いずれもメイド服を着た彼女たちには見覚えがあった。外を警備しているメイドである。
「あとは好きにしなさい」
ぼそりと言うと、パチュリーはぞろっとしたネグリジェのような服の裾を引き摺りながら、
ふよふよ浮きながら転がり込んできたメイド三人娘の脇を通り抜けて廊下へと出てしまう。
部屋の入り口に差し掛かったところでちらりと美鈴へと視線を向け、
「案山子はね、立っててこそ意味があるの。……さっさと治しなさい」
霞むようにパチュリーの姿が消え、ぱたりと扉が閉まる。
部屋には、倒れたままの三人娘と、寝所で上半身を起こした美鈴が残された。
「え、えーっと……?」
「あ、し、失礼しましたっ」
おどおどと視線を向けると、先頭にいたメイド少女がぱっと身を起こす。
「あ、あの、私たち美鈴さんの具合が気になって……!」
「お、お見舞いにきたんです!」
「え? ええっ?」
「その、こんなときに言うのも失礼なんですけど、前からカッコいいなぁって思ってて……」
「ふえ!?」
驚きのあまり妙な声をあげてしまった。カッコいいなんて、咲夜のような人に使われる言葉だと思っていたのだ。
「め、美鈴さん? 大丈夫ですか……?」
ぼーっとする美鈴にかけられる心配げな声。それに、美鈴はぶんぶん首を振って応える。
「は、はいっ。もう全然へっちゃらですよ!?」
驚きが過ぎれば、湧き上がってくるのは喜びだ。
熱も手伝って、自然とふわーっとした感じの、締まりのない笑顔が浮かんでしまう。
想像すらしなかったお見舞いは、なによりの薬。喜びパワーは風邪なんて吹き飛ばしてしまいそう。
美鈴はにっこり笑って、
「ええと、それじゃ、あらためて自己紹介です。紅美鈴、紅に美しい鈴で、ホンメイリン。紅魔館の門番をしてますっ」

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