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「ふぅ〜」
少女の口から漏れるのは、至福の吐息。
しっとりと濡れたその息は、湯煙に紛れて消えていく。
「いいきもち〜」
くらげのようにふにゃりとした声だ。
それに、
「……うん」
静かな声が相槌を打つ。
処女雪の如き艶やかな髪を高々と結い上げているため随分普段と雰囲気が違うが、のんびりと湯船につかるのは、紛れなくイリヤスフィール=フォン=アインツベルン。聖杯を求めるアインツベルン家が生んだ最高の聖杯であった少女。
ぽーっと上気した頬は、やはり年が年だけに、色っぽさよりは可愛らしさを感じさせる。一般的につるぺたと呼び習わされるその肢体は、乳白色の湯に胸元までつかっているため細部はわからないが、やはりまあ色気とは程遠い。
そんな彼女と並んでぼーっと虚空を見ているのは、リーゼリット。イリヤの試験体であり、生まれた順で言えば一応姉。今のところはイリヤ付きのメイドという立場で知られている。
イリヤと同じ色彩の波打った髪をやはり結い上げており、こちらは露出したうなじがただならぬ色香を漂わせていた。視線をちらりと下に移せば、イリヤとは違い熟れ切ったその身体は、胸元まで白い湯に隠されているというのに、ちょっとシャレにならないことになっている。浮くのだ、何がとは言わないが。
どこかしら機能に問題があるのか、はたまた彼女自身の性格なのか。リーゼリットは感情の起伏が乏しい。ほぼ同時期にロールアウトしたセラがわりと感情豊かなのに比べ、リーゼリットはいつも何を考えているのかわからない、ぼーっとした表情をしている。今はそのぼーっとした表情に輪をかけてぼーっとしていた。にらめっこ大会があったら赤い弓兵やら麻婆神父にすら打ち勝つに違いない。
「アインツベルンの秘湯にはもちろんかなわないけど、こーゆー庶民的なおふろもいいわね」
「うん」
「……ねえリズ」
「うん」
「ひょっとして、のぼせてる?」
「……そうかも」
ふわふわとつかみ所の無い声で応える。まあ彼女は普段からそんな感じだが、それでもつきあいの長いイリヤには普通の状態でないことがわかった。ざばぁとお湯を撥ねながら立ち上がり、リーゼリットの二の腕を掴む。
「……イリヤ?」
「洗いっこしよっ! このままだとリズ、倒れちゃうもの」
「……うん」
子供っぽく、元気よく立ち上がったイリヤとは違い、しずしずと立ち上がるリーゼリット。そんな静かな動きだと言うのに、ふにょんと言うか、ぷるんと言うか、たゆんと言うか、とにもかくにもこれでもかというくらい柔らかそうに揺れた。
じぃーっとイリヤがそれを凝視する。
「……なに、イリヤ」
「うー、リズっておっきいよね」
続いて自分のを見る。
すとーん。
稼動年数が違うとは言え、この差はちょっとないのではないか。
「……ほら、あれだと思う」
「なに?」
「イリヤはきっと、キリツグに似た」
「こんな部分似たくなかったわ」
ぶすっとするイリヤ。そのまま手を伸ばしてむにょんとリーゼリットのそれを鷲掴む。
「もうっ、なによこの感触っ。めちゃくちゃ気持ちいいじゃない……!」
「そんなこと、言われても」
もにゃもにゃと好き勝手にいじる妹兼主を、リーゼリットはいつもとあんまり変わらない困った眼差しで見下ろした。
「イリヤ。あんまりいじられると、その」
「なに!?」
某道場でしか見られないような半眼で見上げるイリヤ。いやまあ、この不思議時空っぷりはある意味道場的ではあるが。
「変な気分になるから、やめて」
メイドを弄ぶ女主人。どこぞの紅いお嬢様と指チュパメイドならえろえろーな感じの絵にならなくもなさそうだが、イリヤとリーゼリットではギャグにしかならない。
いや、嫉妬と好奇心で弄繰り回すイリヤと、それに反応しておかしな気分になってしまうのだがイリヤに気付かれないようにじっと耐えている、なんてシチュエーションは萌えかもしれない、寸止めえろは時に直球を凌駕する。
「へぇー、気持ちいいんだ、リズ」
にやりとこあくまの微笑みを浮かべる。そのじゃあくさと言ったら、精神的師匠のあかいあくまに匹敵していた。優雅さよりも可愛さが目立つあたり、まだ修行不足ではあったけれど。
ここでさり気なく視線をそらしつつ、「そんなこと……ない」なんて頬を赤らめて言ったりしたら青少年立ち入り禁止ルートへ直行だが、なにせ相手は普通の人と思考回路がちょい異なっているリーゼリットである。
「うん、気持ちいい」
なんて、ストレートにのたまった。
「イリヤだって、こうされたら気持ちいいでしょ?」
突然リーゼリットがイリヤの平たいそれに触れた。掴むどころか、揉むことすら難しいほど真っ平らだ。白魚のような指が、その上をそっと這い回る。
「やん、くすぐったいよリズ」
「ん……すぐに気持ちよくなるから」
撫でる動きが複雑さを増していく。白い見掛けとは裏腹に蜘蛛脚のような動きの指は、時に雪よりも白いイリヤの肌へ食い込まんばかりに強くなった。桜貝のような爪が小さな突起をかすると、
「ひゃん……っ」
イリヤの口から小さな叫びが漏れた。その色は、わずかながら快楽に染まっている。
そして、
「おしまい」
始まったときと同じ唐突さで、リーゼリットの指は動きを止める。そのまま両手は左右に開き、既に力を失って、自分のそれに触れているだけのイリヤの両手を外させた。
「こういうの、好きな人とするものだと思うから、駄目」
妙に常識的な意見を口にする。
しかしイリヤは応えない。応えられないと言うのが正しいか。リーゼリットの指は彼女の中にある幼い官能に火をつけ、その身を火照らせてしまっていた。風呂につかっていたこともあって、イリヤはぽーっとしてしまっている。
「…………」
頬を桃色に染めてうつむく。そんなイリヤの頬に、
「えい」
全然勢いのないそんなかけ声をあげながら、リーゼリットは指を伸ばした。
「ひゃ……ふぁにしゅるにょよー」
むにょーんと、つきたてのもちのように(色もそっくりだ)伸びるほっぺた。
「イリヤ、ぼーっとしてるととける」
「とけないわよっ」
「でも、この国の昔話にもそういう話あるから」
「へ?」
「身元不明の奥さんがお風呂に入ると、お風呂が水になって髪飾りだけが残るっていう話」
「なにそれ? わたし聞いたことない」
自分に知らないことがあるのが気に食わないのか、ふくれっ面になるイリヤ。まあ生まれも育ちもドイツでは日本の昔話なんて知らなくても無理ないだろうが。時間さえあれば図書館に通っているリーゼリットは最近色々なことに、妙に詳しかったりする。
「あるの。だから、イリヤも危ない」
「なんでよ」
流石姉弟と言おうか。士郎の口癖がうつってきたらしい。
「雪んこみたいだから。あんまり気を抜いてるととけるかも」
「とけないっ! だいたいユキンコ?なによそれ」
「この国固有の幻想種。雪の精」
「雪の精なの? ふぅん、それなら似てるって言われてもいいわ」
寒いのは嫌いだが、雪は好きという難儀な性格をしているのである。
「……もぅ、リズが変なことするから湯冷めしちゃったじゃない」
最初にやり始めたのはイリヤの方なのだが、それに突っ込むほど細かい性格ではない。
「入る?」
「んー、やめとくわ。わたしまでのぼせちゃいそうだし」
気分は普通になってきたが、火照りまで取れたわけではなかった。
「ほら、背中流したげる」
ぺちぺちとリーゼリットの背中を叩いて、背中を向けるように促す。
たっぷりと石鹸をつけたタオルで白い背中をこすっている途中、やっぱり前で揺れているものが気になり、
「……やっぱり納得いかない」
むにょりと掴んだあとの展開はついさっきとほとんど変わらず、
「何をしているのですか、リーゼリット、イリヤスフィール様!」
見かねたセラが怒鳴り込んでくるのは、いわゆる一つのお約束というヤツである。

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