新暦0077年10月4日。 ティアナは一人、レールウェイに座っていた。 ミッドチルダ首都クラナガンのセンターステーション始発、エルセア地方の中心都市バートル行きの急行レールウェイは8両編成。紅葉の盛りであり、観光には絶好の時期だが平日の昼間の為か車内に人は少ない。ティアナがいるのは4両目の中ほど、向かい合わせた4人乗りのボックス席だが、座っているのはティアナ一人だ。 『本日もミッドチルダウエストレールラインをご利用頂きまして、誠にありがとうございます。間もなくダッソーに到着いたします。ドルニエ、ノール行きのお客様はお乗換えです』 車内放送が流れる。ティアナの目的はドルニエなので、乗り換える必要があった。開いていた“執務官試験過去問題集最新版”を隣に置いておいた大きな肩掛けのバッグへとしまって、立ち上がった。 列車が停止し、ティアナはホームへと下りる。 「乗り換え一度で着けるんだから、まあ楽なもんよね……お子様達は大変だ」 時刻表に併設された時計を見る。事前に調べておいた次の列車までは20分ほど時間があった。洗面所へ行き、移動中に見かけた売店でコーヒーを買って乗り換えホームへ行くと、既に目的の列車は到着していた。やはりがらがらの車内、ティアナは出口に近い一席に腰を下ろし、 「あと1時間ってとこか」 呟く。 一月ほど前、スバルからの通信が終わってすぐに、直接の上司であるフェイト・T・ハラオウンへ休日が取れないか聞いてみたところ、いともあっさり「いいよ。このところ働きづめだったからね。ゆっくりしておいで」との言葉が返ってきた。休暇前に最低限やっておいてくれ、と受けた指示は多く見積もっても2週間もあれば十分で、それをスバルに伝えて待つこと3日。休暇の調整で日程が合ったのは結局元フォワード陣だけだったこと、宿の手配はスバルがすること、などをかなりの雑談交じりで伝えられ、急な事件や問題も無く、ティアナはこうして旅行当日を迎えていた。 上着のポケットからクロスミラージュを取り出す。 「ロストロギア関連の法務問題をお願い」 念話で語りかけると、 《了解しました》 応えたクロスミラージュから矢継ぎ早に投げかけられる問題に答え、到着までの時間を潰す。 到着のアナウンスが聞こえ、 「ストップ。今の問題は不正解扱いで、正答率は?」 《90%弱です。概ね問題ありませんが、苦手分野を補う為にもより高い正答率が求められると判断します》 「簡単に言ってくれるわ……間違ったところ纏めておいて、クラウディアに戻ったらアウトプットするから。それにしても……まったく、10年前とじゃ随分状況違うとは言え、フェイトさんやクロノ提督はこの試験を今のエリオやキャロくらいの年で通っちゃってるのよね……はあ」 溜息を吐くが、ティアナの表情に特別沈んだ様子は無い。クロスミラージュへつきあってくれた礼を言って、上着のポケットに戻し、バッグを持って立ち上がる。 クラナガンから急行レールウェイで3時間、在来線へ乗り換えること1時間、ティアナはドルニエ駅へと到着した。予定通りの時間で、待ち合わせの時間まで1時間近くある。ホームにある時刻表を確認すると、次の列車までは30分ほど。ホームでスバルかエリオとキャロを待つには少し長いとティアナは判断し、 「駅前に喫茶店くらいあるわよね」 手にした空のコーヒー缶をホームのゴミ箱へ放り、呟いて周囲を見回す。ホームから見えるのは畑や林、建物はあるが民家ばかり。 「……まあ、出口はここから見えないし」 バッグを担ぎ直して出口へ続く階段を上る。駅構内は閑散としていた。ホームに下りたのもティアナ一人だったし、ホームへ向かう人もいないようで、誰ともすれ違わないままティアナは改札を通り、 「…………」 顔をしかめた。 駅前もホームから見た景色とほとんど変わらない。 「あのー、喫茶店とかありませんか?」 振り返り、今しがた通った改札にいる駅員へと問いかける。 「喫茶店? この辺にゃ無いなぁ。見ての通り、何も無いところでな」 老境に差し掛かった駅員の言葉に、ティアナはそうみたいですねと素直な感想を返した。 「お嬢ちゃん旅行か。ノールまで行きゃ大分拓けとるんだがね。この辺見るもんもないし、ワシが言うのもなんだが……なんでまたこんな田舎駅で降りたんだい」 「友人と待ち合わせてまして……この辺、そんなに何も無いんですか?」 「見ての通りだよ。ここから行った方が近い旅館とかもあるにゃあるんだが、皆盛り場のあるノールに行っちまうねえ。まあ、地元衆が行く飲み屋だのはあるんだが、この時間じゃ開いてねえし、あんまりお嬢ちゃん向けじゃねえなぁ」 老駅員が言って、もし良かったら駅長室で休んでいないかと申し出た。 「いいんですか?」 「見ての通り人は来ねえしな。……駅長室っつっても、ここなんだけどよ」 老駅員がティアナが立っている場所の後ろにある引き戸を指差す。その動きに合わせてティアナが視線を動かすとその先には“駅長室”のプレートが。 10秒ほど考え、ティアナは丁寧に辞退した。 「座りっぱなしでしたし、天気もいいので……せっかくなので散歩がてらぶらぶらして時間を潰すことにします。あの、鞄だけ置かせてもらってもいいでしょうか」 「ん? おお、ええよ」 着替えの類と時間潰しの本だけが入った鞄を駅長室へと置き、ティアナは老駅員に一礼して駅を離れる。 風は冷たいが、天気は快晴。日差しを掌で遮り、ティアナは目を細めて周囲を眺めた。駅前からは二車線の道路が続いている。道路脇は畑畑畑民家畑畑民家、くらいの割合になっていて、老駅員の言葉通り商店らしきものは一切見当たらない。 「ま、とりあえず適当に歩いてみましょ」 呟いて、ティアナは両腕を上げて軽く伸びをしながら歩き出す。視線を遠くに向けて見える山並みは、鮮やかな紅と黄色に色づいていた。クラナガンでは中々見られない景色に、ティアナは感心して溜息を吐く。 ぶらぶらと十分ほど歩いた頃、 「妙な景色には縁があるけど、こういう素朴な自然はなかなかお目にかからないのよね……ん?」 視界の端に映ったものに、ティアナは目を細めた。 紅と黄色に染まった山の向こうから、弧を描いて伸びる空に溶け込む青の環状魔法陣。ティアナには見慣れた色だった。 「あれ……ウイングロード? ちょっと、何やってるのよスバル……」 上着に入れていたクロスミラージュを取り出し、通信機能を立ち上げる。僅かな間の後、応答があった。 『ティア? どしたの?』 「それはこっちの台詞よ。……ああ、姿見えた。スバル、進行方向右手、距離1200くらいかしら、見なさい」 『え? あれ……そこに立ってるの、ティア!?』 「そうよ。とりあえず通信は切るわよ」 クロスミラージュをしまい、ティアナはスバルの到着を待つ。 青色の環状魔法陣がティアナの前に接地し、次いで少女が大地に降り立った。細身の身体を包むのは体のラインがはっきりとわかる、少しばかり露出度の高いインナー。上に羽織ったジャケットはティアナの記憶にある限りでは純白のはずだが、今は埃と泥、どこでつけたのか小枝や木の葉で汚れてしまっている。 「ティア! 久しぶりー!」 「わわ、こらスバル、いきなり抱きつかないの!」 ごつごつとしたリボルバーナックルの感触が懐かしいと言えば懐かしい。胸元に感じる膨らみが、記憶よりわりと大きく柔らかくなっている気がした。スバルを引き剥がしつつ、 「まったく、やたら汚れちゃって……と言うか、なんでまたあんなところからウイングロードで現れるのよ。まさかとは思うけど、マッハキャリバーで走ってきたわけじゃないでしょうに」 「え? ううん、マッハキャリバーで走ってきたよ」 「はあ!? ちゃんと給料貰ってるでしょ。交通費くらいケチらなくても……」 呆れるティアナに、ちょっと待ってと言いおいて、スバルは屈み込み、マッハキャリバーの青いクリスタルを撫でる。 「お疲れ様、マッハキャリバー」 《問題ありません、相棒。データは纏めて、後日ラボの方へ送っておきます》 「ありがと、よろしくね」 「データ?」 「うん。旅行の話したら、せっかくの機会だからマッハキャリバーの長距離走破試験をしておかない?ってマリーさんが。シミュレートはしてたけど、長距離の実試なんて普段は出来ないしね。一応ちょっと手当ても出るし、あたしもマッハキャリバーも走るの好きだしさ」 「ああ、成る程……けど、走るの好きって言っても結構な時間かかるでしょ。よくやる気になったわね」 「んー、フルドライブ込みだったし、多分普通の交通手段使うのと時間的にはあんまり変わらないよ。基本的にマッハキャリバーが全部やってくれたし、ゆっくり休んでもらわなきゃ。デバイスも温泉につかったら疲れ取れるかな?」 《どうでしょう?》 そんな会話をかわし、スバルはマッハキャリバーを待機モードへと移行させた。それに伴い、マッハキャリバーが制御しているリボルバーナックルは解体され、バリアジャケットも魔力へと戻り、スバルは少女らしい私服姿になる。 「ティアはやっぱりレールウェイで?」 「そうよ。センターステーションから乗り換え一回……遠いことは遠いけど、まあ基本的に座りっぱなしだから楽なもんね。平日の真昼間で空いてたし」 「そっか。じゃあ、あとはエリオとキャロの到着を待つだけだね。ところでティア、荷物は?」 「散歩しようかと思ったから、駅員さんに預かってもらってる。まあ、あんたが来たから時間潰しに散歩する必要もなくなったけど……どうする? 良かったら駅長室で休んでいかないかって言ってもらったんだけど。ずっと走ってて疲れてるでしょ?」 「んー、ティアがよければ、あたしも散歩したいな。ずっと走ってたと言っても、ほとんどマッハキャリバー任せだったし、今は自分の足でちょっと歩きたい気分」 スバルの言葉に、二人は並んで歩き出す。 「仕事、頑張ってるみたいじゃない。この間も海難救助のニュースにちらっと映ってたわよ」 「ほんと? あはは、なんか恥ずかしいなぁー。ティアは? やっぱり執務官のお仕事って難しい?」 「ま、あたしはまだまだフェイトさんのお手伝いって感じだけどね……法務関連の知識もシャーリーさんに全然及ばないし、日々未熟を実感させられるわ……なによ」 訓練校時代から何度も見た、スバルのにこにこ顔を見て、ティアナは顔をしかめた。 「ああ、何も言わないでいいわ。あんたがそういう顔してるのって、大体恥ずかしいこと言いだす時だって決まってるんだから」 「ええー、言わせてよ、ティアー」 「ダメ。黙ってなさい。実際近代ベルカ式の隆盛で法改正も随分あったとは言っても、フェイトさんやクロノ提督はあたしが訓練校に入った頃には、既に執務官に受かってるんだから……ほんと、まだまだよね。それより、あんたはどうなの? 目標だった現場に立った感想は」 「……うん。あたしもやっぱりまだまだだなーって実感するよ。現場の仕事はともかく、救助のプランニングとかのシミュレーション結果見ると、ぞっとする。もっと勉強して、経験積んで、胸を張って言えるようになりたい……どんな状況からだって、絶対に助けてみせるって。あの日なのはさんがあたしを助けてくれたみたいに」 「……そっか。夢をかなえたと言っても、そこもまたスタート地点だもんね」 「うんっ。これから、だよ。あたしも、ティアも! 一緒に頑張ろ!」 「あたしの場合はスタート地点に立つところからだけどねー。大体、一緒も何も、今は別々の道でしょうに」 ティアナの言葉を、 「ううん、一緒だよ」 首を横に振り、スバルは穏やかな口調で否定した。 ステップを踏むような足取りで、ティアナの数歩前に出ると、空を仰ぎ見る。 「道は別々でも、あたしたちが目指した夢は、きっと同じ空に繋がってる。あたしは、そう思うんだ」 「……同じ空、ね」 つられてティアナも空へと視線を向けた。秋の空は高い。雲ひとつ無い空には澄み切った青がどこまでも続いているようで、勿論スバルの言う空というのは例え話だとわかっているが、やけに自信満々の口調もあってスバルの言うことを信じてもいい、そんな気にもなってくる。 「けどまあ、頑張るのはお休み終わってからにしよ! 休む時はしっかり休むのも大事だもんね」 ぱあっと明るくなったスバルの言葉に、ティアナはよろめく。 「あんたから話振ったくせに……って、ああ、最初仕事の話したのはあたしの方だっけ……ま、いいわ。そうね、せっかくお休みもらって来たんだし、せいぜいゆっくりしましょ。で、結局旅館ってどういうところなのよ。万事任せてって言うから口出さなかったけど、問題ないんでしょうね。この辺の様子見てると、どうにも心配になってくるわ」 「うん、ばっちりだよ。あたしもこの駅、ドルニエ……だっけ? 聞いたことなかったから、ノールじゃなくていいんですかって確認したら、なんか地形の関係で、ノールだと迎えの車が出せないんだって」 言いながら、スバルは胸元からペンダント状の待機形態になっているマッハキャリバーを取り出した。 「マッハキャリバー、地図お願い」 《了解しました》 小さな空間モニターに地図が投影される。 「ここが今日泊まる旅館なんだけど、ほら」 スバルが指差す辺りを見れば、山あり谷ありとかなり複雑な地形になっている。 「なるほどね……ノール側からだとかなり手前で車道は終わってるんだ。徒歩の道は一応整備されてるみたいだけど……」 「エリオとキャロは長旅だし、旅館まで連れて行ってもらった方がいいと思って。近くの散策は、明日でもいいし」 「そうね。明日はノールまで出てみましょうか……と、そろそろ戻った方がいいかも。今戻れば、ちょうど次の列車が付く頃のはずよ。多分エリオ達はそれで来るんじゃないかしら」 ティアナの言葉にスバルは頷き、二人は踵を返した。 「エリオもキャロも育ち盛りだから、背とか凄く伸びてるかも。ティアは二人に最後に会ったのいつ?」 「多分あんたと一緒、春先に会ったっきりよ。あたしは海暮らしだし、ミッドチルダならともかく、他次元だとなかなか会う機会ないわよね」 「そっか。じゃあ半年振りくらいだね。えへへ、楽しみだなー」 そんな会話をかわしつつ、駅へと到着。時計を見ると、列車の到着まではまだ数分時間があった。一人増えて戻ってきたのを不思議そうに首を傾げる老駅員にお礼を言って、ティアナが荷物を受け取っている内に列車はやって来た。 「スバルさん達、もう来てるかな?」 「待ち合わせまで後10分くらいか……もう来てるんじゃないかな」 聞きなれた声が親しげな会話をかわしている。 「相変わらず仲良しさんだ」 「みたいね」 スバルは嬉しそうに、ティアナは半ば呆れ顔で言い合っている内に、声の主は階段を抜けて姿を現した。二人の記憶にあるよりも、少し成長した少年と少女が、 「エリオ、キャロ!」 スバルの呼びかけに、僅かな驚きを顔に浮かべて振り向く。 「スバルさん、お久しぶりです!」 僅かに凛々しさを増した声で、色鮮やかな赤いTシャツにパーカーとジーンズという装いのエリオが応えた。片手は隣で歩く薄桃色のワンピースに身を包んだキャロの手をしっかりと握り、もう片方の手には着替えやらが入ってる大きな鞄を持ち、更に肩にも一つ大きな鞄をかけている。 「ティアさんも……お久しぶりです」 キャロも微笑を浮かべ、ぺこりと頭を下げる。ティアナは軽く手を上げて応えた。 二人は一旦手を離し、改札を抜ける。 あらためて目の前に立ったエリオとキャロを見て、 「……二人とも、おっきくなったねー。フリードはあんまり変わらないけど」 スバルは感心する。 成長期である二人は、半年会わなかっただけで見違えるほど大きくなっていた。機動六課で肩を並べ訓練に勤しんでいた頃は胸元くらいまでしかなかったと言うのに、今ではスバルの鼻先を超えるくらいになっている。対してエリオとキャロについて飛んできた、キャロの使役竜フリードリヒは見慣れた大きさだった。 「キュクルー」 「ありゃ、ちょっとご機嫌斜め?」 「ふふ、そんなことないって言ってます。この姿では変わらないですけど、フリードもちゃんとおっきくなりました」 キャロの言葉に同意するかのように小さな白竜が一声鳴いた。 そんなスバルとキャロのやり取りを横目に、ティアナもエリオの成長を認めて微笑みを浮かべる。 「うん、春から随分背伸びたじゃない。エリオも随分と精悍な顔つきになったかしら」 「そ、そうですか……?」 照れと、なんとも言いがたい感情が混ざった顔でエリオが笑う。 「やっぱり身体使う仕事だからかな。訓練も続けてるんでしょ?」 「あ、はい。シグナムさんからメニューを頂いて。忙しい方ですので、中々成果は見てもらえませんが……最近はガリューに模擬戦つきあってもらったり」 「そっか、いいね。後で軽く組み手とかやってみる?」 「はいっ」 スバルの提案に嬉しそうに頷くエリオを、キャロはにこにこと眺めていた。 「鍛練好きよね、あの子らは……自然保護隊なら、もっと時間割かなきゃいけないことがあるんじゃない?」 ともすれば嫌味っぽくなってしまいそうな言葉だが、声の調子から単純な疑問だとキャロは判断する。 「エリオくん勉強もちゃんとしてますよ? ただ、保護隊の仕事には密猟者の摘発も含まれますから……」 「ああ、そうだったわね。どの世界でも魔導師崩れが手っ取り早く稼ぐ手段って言ったら犯罪に決まってる、か」 「……はい。特に最近はガジェットを使う密猟者も出てきて、対AMF戦闘が可能な保護官となると……」 浮かない顔のキャロの言葉に、ティアナは溜息を吐く。 「やれやれ、最近はどこへ行ってもガジェットガジェットね。……ま、今日のところはその辺のことは忘れて、しっかり休みましょ。スバル! これからの予定はどうなってるのよ」 身振りを交えて白熱した会話をかわしているところへ向けられたティアナの言葉に、スバルは我に返る。 「ああ、ごめんごめん。えっと、迎えの車が来てくれるはずなんだけど……」 「あ、あれじゃないでしょうか?」 キャロの言葉に皆が視線を移すと、一台の車が駅前の通りを走ってくる。白いミニバン型のモータモービルだ。 注目を浴びる中、車は駅に近づくとゆるゆると速度を落とし停まる。 運転席から姿を現したのは、二十歳くらいの女性だった。肩に届く前に切り揃えた短い髪、女性にしては長身でジーンズと白いセーターがすらりとした手足に良く似合っている。 「こんにちは。旅館ミツオカから来たんだけど、スバル・ナカジマさんっています?」 「あ、はい。あたしです」 スバルが手を上げて主張すると、女性は申し訳無さそうな表情を浮かべ、 「待たせちゃったかな。私はレイ、父に言われて迎えに来たの」 「いえー、待ち合わせ時間までまだ10分ありますし。こっちが先に着いちゃっただけですよ」 「そっか。じゃあ、乗って。すぐに着くから」 勧められるままにスバル達は車へと乗り込んだ。全員同じシートには入りきらないので、スバルとキャロが前シート、ティアナとエリオが後シートといった具合に分乗する。 「ねえエリオ、さっき背が伸びたって言った時ちょっと浮かない顔だったわよね。どうして?」 前から聞こえてくるスバルとキャロの会話をBGMに、ティアナが声をひそめて問う。大した疑問でも無いが、素直な少年であるエリオが褒められたと言うのに微妙な反応を返したことが少し気になっていた。 「え、僕そんな顔してましたか……?」 「してたわよ。何か不満とか、不安とかあるの? まあ、無理には聞かないけど」 ティアナの言葉にエリオは沈黙したが、すぐに頬を朱に染めて口を開く。 「あの、本当に大したことじゃないんですけど……」 「うん」 「……その、六月くらいにキャロに抜かれて、それっきりなので……背が伸びた、と言われても微妙に複雑で」 「ああ……なるほど」 言われてみれば、キャロの方が若干ではあるが頭の位置が高かった気がする。なんとも男の子らしい悩みに、ティアナは小さく吹き出した。 「男の子ねえ。まあ六課にいた頃はエリオの方が高かったし、何ヶ月かお兄さんなんだから、そりゃ気にするのも無理ないか。でも、あんた達くらいの年頃なら女の子の方が高いのは結構普通よ?」 「それはわかってますし、これからが成長期と言うのもわかってるんですが……」 理屈ではわかっていても、なかなか割り切れるものでは無いらしい。 「今の様子見ると、栄養は十分摂ってるんでしょ? 身体もしっかり動かしてるみたいだし。ま、ほっといても男の子なんだから、これから馬鹿みたいに育つわよ……と言っても、慰めにならないか」 「ああ、いえ。ありがとうございます、ティアさん。元々僕が変に拘ってるだけですし、すいません、なんか気を遣わせてしまって」 「こっちこそ悪かったわね、変なこと聞いちゃって」 そんな会話をかわしていると、 「ねえティア、お昼食べちゃった?」 振り返ったスバルが聞いてくる。 「食べてないわ。待ち合わせが微妙な時間だったし、まあ合流してからかなと思って。朝食遅めにしたから別に抜いてもいいしね。あんたは?」 「あたしもまだ。でね、近くに美味しいお蕎麦屋さんがあるんだってレイさんが教えてくれて」 「疲れてないなら、どうかな? 勿論食事はうちでも出せるけど」 ティアナがエリオと話してる間に、スバルとキャロは運転しているレイと親交を深めていたらしい。スバルの言葉をレイが引き継いだ。 「あたしは列車に乗りっぱなしだったからいいけど……エリオとキャロは?」 「大丈夫です。今スバルさんと、お蕎麦いいねーってお話してたところです」 「僕も平気です」 全員の意見が一致したのを聞いて、レイはしばらく走ってからハンドルを切って少し広い道路へ入った。更に5分ほど走ると右手に古びた看板が見える。 「ここよ……あら?」 広めに取られた駐車場を見て、レイは首をかしげた。 駐車場の一角に、大きなコンテナを曳いたトラックが駐車されている。コンテナの側面にはOBCと言うロゴと、デフォルメされたビデオカメラのイラストが描かれている。 「テレビ局かな……?」 「ノールの方は賑わってるしね。この辺も風景取材とかがたまに来るし、うちにもそういうお客さんは来るけど……あんなに大きなトラックで来たのは初めて見たなぁ」 既に食事を済ませたのか、スバル達が会話している間にトラックは動き出した。トラックの影になっていたらしい小型のバスにも同じイラストがあり、そちらも同様に一同が降車する頃には駐車場を出て行った。 「それにしても、大きなトラックでしたね」 「そうね……」 キャロの呟きに、ティアナは頷きながらトラックの去っていった方を難しい顔で注視する。 「OBC、か。聞いたこと無いけど、どこの局かしら」 「そだね。地元のローカル局かな」 「ううん、この辺の局じゃないわよ。私も聞いたことない……まあ、他次元から来ることもあるしね」 やんわりとしたレイの否定意見を聞いても、ティアナの表情は晴れない。 「何か気になるの、ティア?」 「ん……まあ、コンテナのサイズがどうにも、ね。機材が大きいのはわかるけど、トラック持ち出すほどなのかしら。なんか引っかかるのよねー」 「取材じゃなくて、ドラマか何かのロケじゃないでしょうか? 特撮なんかだと、幻術以外にも着ぐるみ使ったりするらしいですし」 「……そっか、そういうのもあるわよね」 そう言いつつも、ティアナの声にはどこか疑念が残っていたが、それ以上言及することはなく、視線もトラックから離して、先に進んでいたレイやスバルへと早足に追いつく。 どうやら常連らしく、レイは店員と親しげに挨拶をかわし、一同は広いテーブルへと案内された。 「お蕎麦なんか懐かしいわね。流石にクラウディアの食堂にはないし、クラナガンでお店探したりもしなかったし」 各自注文を済ませ、一息吐いたティアの言葉に、 「そっか、ティアもエルセア出身だっけ」 名前がミッド風だから忘れてた、と呟くスバル。 「ところで、旅館ってナカジマ三佐のお知り合いがやってるって言ってたわよね。どういう縁なの?」 「あ、父とナカジマさんは訓練校の同期だったの。祖父が亡くなったから父は家業を継ぐ為退局したんだけど、おつきあいは続いてるらしくて」 「あたしも連れてきてもらったことあるんだって。えへへ、小さい頃なんで覚えてないんだけど」 「私はスバルちゃんのこと、覚えてるよ。迷子になって泣いてるとこ助けてあげたの、忘れちゃった?」 「え!? そ、そんなことあったんですか……?」 「あー、あんた結構気弱なくせに、物怖じしないでずかずか進んだりするもんねー。よく迷子になったってギンガさんに聞いたことあるわ」 「ふええ、ギン姉の馬鹿ーっ、なんでそんなことまでティアに喋っちゃうのー!?」 恥ずかしい過去を暴露され、半泣きのスバルになんと言っていいやら考えつかないエリオとキャロは困り顔で苦笑い。 「ギンガさんって、スバルちゃんのお姉さんよね、あの長い髪の。今日は一緒じゃないの? ……と言うか、そもそもどういう関係なの、あなた達。あなたはスバルちゃんのお友達として……そっちの二人はあなたの弟と妹?」 レイの視線がティアナからエリオとキャロへと移り、二人をじっと見つめる。年の近いティアナは友人と察しがついているが、二人に関してはスバルとの関係を計りかねているようだった。 「そう言えば、自己紹介してませんでしたね。ティアナ・ランスターです。コレとはまあ、わりと長いつきあいになります」 「エリオ・モンディアルです」 二人の名乗りに、 「ティアナちゃんと、エリオくん」 「出来れば呼び捨てでお願いします……」 慣れない呼称に照れたティアナの言葉に、じゃあティアナで、と素直に訂正する。 「で、あなたがキャロちゃんよね」 「はいっ」 車内で自己紹介を済ませていたらしいキャロは、レイの確認に笑顔で応じた。 「名字違うし、姉弟じゃないんだ」 「普通に、友達です。元同僚で」 「同僚? エリオくんとキャロちゃん、働いてるの?」 就業年齢の下限が低いミッドチルダではあるが、実際に十代前半で働いている子供を見る機会は少ない。驚きに目を丸くするレイに、二人は照れながらも頷いた。 「元々時空管理局の同じ部署で一緒だったんです。今は、私とエリオくんは自然保護隊に。スバルさんは特救勤務で、ティアさんは執務官補佐と別れちゃいましたけど」 「特救って、あの特救!? それに執務官補佐!? うわ、その若さで凄いじゃない!」 「あ、いや、特救と言ってもまだ全然新入りで。そこまで感心されるほどでは……」 「右に同じくです。執務官ならともかく、補佐の考査試験はそこまで難しいわけではありませんし」 「ううん、大したもんだよ! ほんとにいるんだねえ、若き天才って」 「…………」 手離しの賛辞に、ティアナは苦笑い。高すぎる評価と、かつてその手の言葉を過剰と言えるほど気にしていた自分に向けたものだったが、つきあいの長いスバルは気を遣ったらしく、 『ティア……』 心配げな念話が届いた。 『なによ変な念話で。今更気にしないわよ、これくらい』 「ええと、レイさんは、今旅館のお仕事を?」 言うだけ言って念話を打ち切ると、レイへ話を振る。 「私はまだ学生、時々手伝ったりはしてるけどね。お客さんの送り迎えも普段は別の人なんだけど、スバルちゃんが来るって言うから、私が」 「そ、そんなにくっきり覚えられるほどあたし派手に迷子になってました!?」 「そういうわけじゃなくて」 からっと笑って、レイは続ける。 「新年の挨拶状に載ってた写真があった、ってのもあるけど。ギンガちゃんと合流出来た後に、真っ直ぐ私の目を見てありがとうって言ってくれたのがね、すっごく印象に残ってて」 そこまで言ったところで、店員が蕎麦を運んできた。おすすめだ、ということで一同が注文したのはいずれも山の幸を用いた蕎麦だった。スバルとエリオとレイが頼んだのが山菜、ティアナとキャロのが茸が主な具になっている。食欲旺盛なスバルとエリオは例によって大盛りだ。 「おいしそう!」 「ん……いい香りね」 「のびちゃうといけないし、話は食べてからにしましょ」 レイのその言葉に従ったわけではないが、長距離の移動で空腹になっていた一同は黙々と蕎麦をすする。最初の数口こそ、 「うん、おいしいや。山菜ってほとんど食べたことなかったけど、独特の風味がしておいしいですね」 「この辺で採れたヤツなのかな。ちょっと苦いからキャロは苦手な感じかも」 「わ、わたしだっていつまでも子供舌じゃありません!」 などと和気藹々とやり取りしていたものの、味わうことへ意識が向いたかすぐに会話はなくなった。 食後。ゆっくりとしたペースの車に揺られること20分ほどで、一同は旅館へ到着する。一般的なミッド風とは趣の違う、独特の建物で、やや古びてはいるもののしっかりと手入れされていて汚い印象はまったく受けない。到着の少し前にレイが連絡を入れていたので、玄関前では中年の男性と青年が待っていた。 「やあ、いらっしゃい。大きくなったね、スバルちゃん」 中年男性がにこやかに出迎える。スバルの父ゲンヤ・ナカジマと同期と言うから50前後くらいだろうが、少し若く見える。 「ここの主人のシウン・ミツオカです。君のお父さんとは訓練校時代からだから、かれこれ30年くらいのつきあいになるかな。今日は久しぶりに来てくれて、ありがとう。歓迎するよ」 「あ、はい。お世話になります!」 スバルにならって他の三人も頭を下げた。 「じゃあ父さん、私は下がるよ。スバルちゃん、私は正式な従業員じゃないから自分の部屋に戻るけど、近所の案内とか必要だったら遠慮なく言ってね。フロントに言えば呼んでもらえるから」 「ありがとう、レイさん。もしからしたらお願いするかもしれないから、その時はよろしくね」 「ええ。それじゃ、ティアナとエリオくんとキャロちゃんも、またね。ゆっくりしていって」 一同に手を振って、レイは建物の裏手の方へと歩いていった。 「それではお部屋にご案内しましょうか。ああ、荷物は彼に任せてください」 シウンの言葉は、キャロの荷物だけ渡して自分の鞄は持ったままのエリオに向けられたものだった。 「あ、いや、僕はいいですよ。そんなに重いものでもないですし」 「エリオ、気持ちはわかるけど、持ってもらうのもマナーよ」 既に女性陣の荷物を抱えた青年に、自分の荷物も預けるのは気が引けたらしく申し出を拒否したが、そんなエリオの手からティアナが鞄をさっと奪うと、青年へと渡してしまう。 「あ……す、すいません」 「いやいや、気にしないでくださいな。俺ら旅館の人間はこれがお仕事なんですから」 にかっと気持ちのいい笑顔で青年はエリオの謝罪に応える。 シウンの案内で一同は旅館へと入った。外観同様、中も建てられてから経った年数分の品の良い古さが感じられる、いるだけで落ち着くような空間になっている。 「靴、玄関で脱ぐんですね」 「へえ、珍しい……なのはさん達の故郷で行った公衆浴場みたいなところも、そう言えば入口すぐで靴を脱いだわね。名前の響き的に、あの世界出身の人が元々作ったのかしら」 と言うようなやりとりをしつつ、ロビーへ入り、客室の並ぶ廊下へと歩く。中ほどでシウンは歩みを止め、スバル達を一室の中へと招いた。 「ここと、右隣のお部屋ですね。大浴場はいつでも入れます。夕食は7時半頃を予定していますが、多少の融通は利きますから、早めたり遅くしたい場合はフロントに言ってください。では、ごゆっくりどうぞ」 丁寧に頭を下げ、シウンと青年は部屋を出て行く。 「部屋の中も珍しい作りね。床に直接座るんだ」 「私の故郷でもそうでしたよ。あそこは靴も脱ぎませんでしたけど。わあ……綺麗な景色! エリオくん、見て見て!」 窓から外を見たキャロの歓声に、エリオも並んで外を眺める。 「凄い……! 一面赤と黄色で……うん、綺麗だ」 「どれどれ」 「二人とも、窓開けて見ればいいのに」 言いながらティアナとスバルも子供達の後ろに並んだ。二人の口から、やはり感嘆の声が漏れる。四人は並んだまま、しばらく鮮やかな紅葉の景色に見惚れた。 「エリオくん、隣の部屋も見てみよっか」 「うん。……スバルさん達は、どうします?」 「ああ、あたし達はいいわよ。別に大差は無いだろうし。休んでるから、行ってらっしゃい」 問いかけられたスバルではなくティアナが答えたが、スバルもそれに同意し頷くのを見て、先導するキャロがエリオの手を引くような形で子供達は部屋を出て行った。 「ま、お茶でも淹れましょ」 「そうだね。はい、ティア、座布団」 礼を言いながらスバルがすべらせてくれた座布団を小振りな尻の下に引き、ティアナは腰をおろす。座った時に丁度いい高さになるような背の低いテーブルに載っている保温ポットと、お茶の用意を手元に引き寄せ、 「……あれ、ティーバッグじゃないのね。どうやって淹れるのかしら」 「あ、これはね、急須……そっちの容器のことだけど、それにお茶っ葉を入れるんだよ。貸して、やったげる」 「んー、悪いけど頼むわ」 はす向かいに座ったスバルへポットを渡すと、スバルは手際よくお茶の用意を進める。急須にお茶っ葉を入れ、ポットからお湯を注いで蒸らしている間に隣室を見てきたエリオとキャロも戻ってくる。 「間取りは同じでしたけど、一部屋違うだけで見える景色も結構違いますね」 言って、キャロはワンピースの裾を気にしながら座った。肩に乗ったフリードが降りるのを待って、エリオもキャロのはす向かいでスバルの正面の位置に陣取る。 「二人もお茶飲むよね」 「あ、はい。ありがとうございます」 「いただきます」 二人の返事にスバルは頷き、人数分の湯呑みへお茶を注いだ。 「はあ……のんびりしますねー」 何度か息を吹きかけ、少し冷ましたお茶を唇を湿らす程度に口に含み、キャロが心底リラックスした幸せそうな溜息をこぼす。 「ほんと……話を持ちかけてくれたナカジマ三佐に感謝しなきゃね」 「あはは、みんな普段忙しいんだねえ」 「そういうスバルさんも、特別救助隊なんて気が休まる時が無いくらいでしょう?」 「んー、どうなんだろ。そうでも無いと思うな。感覚的には六課の時とあんまり変わらないよ、発見と反省の毎日だ」 「それを気が休まる時が無いって言うのよ。見事に仕事中毒ね」 「ええー、ティアに言われたくないよー。ティアだっておんなじような感じでしょ。事件後の訓練だって、ティアが一番熱心だったじゃない」 楽しげなスバルの不満の声に、エリオとキャロは顔を見合わせてくすりと笑う。そんな一同の様子に、自覚があるティアナは有効な反論を思いつけず頬を朱に染めてお茶をすすった。 「お二人に比べると、僕らはちょっとのんびりしちゃってますね。六課に行く前に戻った感じです」 「毎日けっこうのんびりだよね」 「とか言って、自主訓練漬けなんでしょ。あれが出来るようになった、これが出来るようになったって報告してくれるのは嬉しいけど、ちゃんと遊んでるのか心配になるって、フェイトさん嬉しいような困ってるような微妙な感じで言ってたわよ」 「う……そ、それは直接言われてるからわかってはいるんですけど」 「わたしもエリオくんも、“遊ぶ”と言われてもぱっと思いつかなくて。でも、お休みの日はちゃんと二人でお出かけしたりしてますよ?」 「相変わらずの仲良しさんだ」 「はいっ」 満面の笑顔で頷くキャロに対し、エリオも笑顔で頷くもののどこか困り顔だ。 「あ、そうだスバルさん。部屋割りどうしましょう」 「え? んー、間取り一緒ならあたしは別にどっちでもいいよ。ティアは?」 「同じく。キャロが選んでいいわよ」 何の気なしに言って、湯呑みに口をつけたティアナは、 「だってさ。どっちにしよっか、エリオくん」 「ぶっ!?」 キャロの発言に、同じくお茶を口にしかけていたエリオと同時に吹き出した。 「わあっ、て、ティア、大丈夫!?」 「エリオくん! むせちゃったの? 大丈夫!?」 それぞれのパートナーが背中をさする。キャロの方は素早くハンカチを取り出して差し出すと言う甲斐甲斐しさだ。視線で礼を述べてエリオはそれを受け取り、ティアナは自前のハンカチをスカートのポケットから引っ張り出す。 口周りを拭いて、咳き込んでしまったのが収まってから、 「あ、あのねえ、男女別でしょ、こういう場合は」 「そ、そうだよキャロ。なんで当然僕と同室って流れなのさ」 「え、え? 男女別って……エリオくんですよ?」 顔に疑問符を浮かべたキャロの言葉に、エリオは焦り顔から一転妙な物でも飲み込んでしまったかのような複雑な表情になる。ある意味でとんでもなく残酷な発言であるが、キャロに他意はないようだ。 「え、エリオとキャロで一部屋でしょ? あたしもそういうつもりだったけど」 さらに追い討ちのようなスバルの一言。 「そ、そういうわけにはいかないですよ……」 ぐったりとしたエリオの突っ込みに応えたのは、言葉を向けられたスバルではなくキャロだった。 「どうして?」 「どうして、と言われると説明するの難しいんだけど……」 きょとんとした顔で尋ねるキャロにエリオが説明しかねている横で、 『あんたね、もう少し考えて物言いなさいよ!』 出力を最低限に絞り、発信し慣れた魔力波長へとティアナは念話を叩き込んだ。 『え、ええ!? なんでっ、あたしなんかマズイことした!?』 『マズイってか……六課の時はまだ10歳だったから、そりゃ問題ないでしょうけど、いまや二人とも12歳よ? もうそろそろ単純に子供扱いから、男の子女の子って接してあげないと』 『あー……でも、キャロは気にしてないみたいだよ?』 『エリオの方が全力で気にしてるじゃない……そもそもキャロはなーんかその辺疎いしねえ』 苦笑いで子供達の方を見れば、ちょうど話がついたのか、キャロとエリオの顔が揃ってティアナ達の方を向く。 「あ、話済んだ?」 「はいっ」 変わらぬ満面の笑顔で頷くキャロにティアナが眉をひそめた。やけにあっさりしてるな、という疑問は続くキャロの言葉であっさりと解消された。 「わたしとエリオくんが隣の部屋を使います」 『エリオ……』 キャロに「あ、そう……じゃあスバルとあたしがこっちね」などと言いながら、エリオに念話を飛ばす。 『すいません……』 『いや、困るのはあんただから別にいいけど……いいの?』 『よくはないですけど……なんだか意識してる僕の方がおかしい気もしてきましたし……』 『あんた達の関係も複雑だもんねえ……まあ、なんとも言いづらいことなのはわかるけど、ほんとに困ったら誰かにちゃんと相談しなさいよ。フェイトさんとかクロノ提督なら、しっかり考えてくれるだろうし』 『はい。一人だけで考えるのが一番良くないの、わかってますし』 マルチタスクは魔導師の必須スキルであり、その為そんな念話をかわしつつもエリオとティアナは普通の会話に参加していた。夕食前に一度風呂に行きたいと言うスバルに、「もうしばらく休んでからでいいんじゃない」とティアナは返す。 「組み手する、とか言ってたじゃない。お風呂前にやるでしょ? だったら、もう少し部屋でゆっくりしましょ。あんた達、軽くなんて言ってもどうせ汗だくになるまでやるに決まってるんだから」 「あ、あはは……否定できない。まあ、そうだね。時間はたっぷりあるんだし、焦ることないか。あ、そう言えばこの前ね――」 さっぱりと切り替えたスバルの一言をきっかけに、お互いの近況報告などが始まった。 |