新暦0077年10月5日。

「やっぱり繋がらない……公衆通信機あったかな」
クロスミラージュを介した通信を諦め、ティアナは歩いてきた通りを思い出す。
《お役に立てず、申し訳ありません》
「あんたのせいじゃないわよ、クロスミラージュ。地方に中継地点少ないのはしょうがないし、そもそもあたしの念話出力がもっと高ければ、繋がったかもしれないんだから。ま、お互い向上の余地ありってことにしときましょ」
ミッドチルダ式においては念話、ベルカ式においては思念通話と呼ばれる、言葉を口に出さず魔力に乗せて伝える魔法は、極めて基礎的な魔法であり、またほとんどのデバイスにはそれを補助する為のプログラムが組み込まれている。もっとも術者とデバイスの能力だけで遠隔地に魔力を届けるのは非常に困難であるため、公共施設として魔力の中継地点が設置されているのだ。とは言え、地方ではそういった中継地点も少なく、個人の念話技能で上手く通信出来ない時は専用の回線で魔力を飛ばす据え置き型の通信機に頼るほか無い。
一同は朝食を済ませた後、昨日決めた観光プランを実行せんとノールの駅前までやって来ていた。宿から徒歩で山を越え、車が通れる場所から出ているバスに乗り、合わせて約一時間半ほどで到着。その内ほとんどが徒歩の移動時間であったが、若くて健康なティアナ達である。トンネルやつり橋など変化に富んだ山道は、ただ歩くそれだけで楽しいものだった。
それなりの範囲を回るのでやはり車をレンタルすることに決め、今スバルが手続きしている。ティアナはちょっとした通信を待ち時間の間に済ませてしまう為に一人歩いていた。
観光シーズンからやや外れてはいるが、それでもやはり観光地である。それなりに賑わっている通りをしばらく戻ると、通信機はすぐに見つかった。わりと古い型で小銭専用である。財布の中身を確認して少々心もとない小銭の量にティアナは顔をしかめるが、長話をするつもりもない。足りるだろうと信じ小銭を投下、記憶にある番号をプッシュする。
『こちら時空管理局本局、次元航行部隊所属テスタロッサ・ハラオウン執務官のオフィスです』
聞き慣れた声。
「シャーリーさんですか? ティアナです」
『え、ティアナ? どうしたのよ休暇中に。急用? それとも、何かやり残したことでも?』
「あ、いえ、どちらでもないんですけど、ちょっと気になることがあって。少し調べて欲しいことがあるんです」
『調べて欲しいこと? 別にいいけど……急ぎ?』
「今日明日中には調べてもらえると助かります。結構、面倒なことなんですけど」
『まあ、今一段落してるから別にいいわよ。それで、何を調べるの?』
「OBCと言うテレビ局のことを調べて欲しいんです。実在するか、するならどういうロゴマークやマスコットを使ってるか」
『OBC? とりあえず、クラナガンじゃ見ない局ね。ミッドのテレビ局?』
「それすらも、ちょっと……」
『わからない、か。そうすると、管理世界のテレビ局を逐一調べてくしかないわね。あはは、確かに結構面倒そうだねー。けど、どうしたのいきなり?』
小銭を足しつつ、昨日見たトラックのことを話す。ほとんど無根拠と言える疑念だが、つい先日まで追っていた質量兵器の大規模密造密輸事件において犯人グループの車が、大きな荷物や大量の貨物を運ぶことが出来る業種の車に偽装されていたことは記憶に新しい。
「考えすぎならいいんですけど……」
『成る程。先日の件があるだけに、ちょっと気になるのもわかるわ。オーケー、調べてみる』
「ありがとうございます!」
『いいわよ。関係ないって放置して事件を見過ごすよりよっぽどマシだもの。……そう言えば、固定回線からの通信になってるけど、返事はどうすればいいの? 今の番号に返せばいい?』
「えっと、今は公衆通信機からですので……ちょっと待ってください」
クロスミラージュを取り出し、スバルへ念話を入れる。
『ティア? どしたの?』
「宿の通信番号教えてもらえる? あと、ファックスあるかしら」
『え? ちょ、ちょっと待って。何番だったかな……』
《私が覚えています、相棒》
慌てるスバルの声に被さるように、マッハキャリバーの冷静な言葉。伝えられる数字を復唱し、スバルとマッハキャリバーへ礼を述べそちらの通話を切って、聞いたばかりの番号をシャーリーへと伝える。
『そこへかければいいのね?』
「はい。ファックスもあるそうなので、ロゴやマスコットの資料があれば、出来ればそれも」
『ん、了解。早めに調べておくわ――あ、おみやげよろしくね』
最後に緊張をほぐすかのように付け加えられた一言に、シャーリーの思惑通りティアナは笑ってしまう。わかりました、と応えて通信を終了する。
「ほんと、考えすぎに越したことはないわよね……」
呟き、スバルから今聞いた宿の番号にファックスが届く旨を通信してから、皆が待つレンタルカーショップへと足を向けた。
戻ってみれば手続きは滞りなく終了しており、貸し出された車の前でスバル達はティアナの帰還を待っていた。オーソドックスなミニバンで、レイが迎えに使った車より若干新しい車種のように見える。
「お帰り、ティア。用事ってなんだったの?」
「大したことじゃないんだけどね。昨日のトラックがどうしても気になって、シャーリーさんに調べてくれるように頼んできたの」
言いながら、ティアナはスバルに向かって掌を突き出した。首をかしげ、顔に疑問符を浮かべるばかりのスバルに、
「鍵、貸しなさいよ。あたしが運転するから」
「え? いいよ、あたしが運転するって」
スバルも六課時代に隊長陣の勧めで免許は取得済みだった。ティアナもそれは知っているし、そもそも免許持ちがいなければレンタルの手続き自体出来ない。
「バイクの時はいつもティアが運転してくれてるじゃない。たまにはあたしにハンドル握らせてよ。ティアはゆっくりしてて」
「ん……自分で運転した方が気楽なんだけど、まあいいわ。そこまで言うなら、任せるわよ」
なにがなんでも自分で運転したいわけではなく、別にスバルがスピード狂だとか言うこともないので、ティアナは引き下がった。子供たちと話し、エリオが助手席、ティアナとキャロが後部座席という形で乗り込む。
それなりの観光地で、紅葉も見ごろで絶好の時期だが流石に平日の昼間、道路は閑散としている。追い立てられることもなく、のんびり会話を楽しみながら法定速度を遵守して一同の車は走る。
「そう言えばティア、昨日のトラック、そんなに怪しかったの?」
「え? ああ、まあ考えすぎだとは思うんだけどね。一回引っかかっちゃうとどうにも気になって。これはシャーリーさんが言ってたことなんだけど、まあいいや、って放置して大事になってからじゃ遅いでしょ? だったら、当面やらなきゃいけないことが無いなら、無駄になってもとりあえず調べるだけ調べても損はないし……人任せになっちゃう、ってのが心苦しいけど」
「執務官としての勘ってヤツ?」
「ばーか。ヒヨコどころか卵なあたしにそんなのあるわけないでしょ。多分、単なる考えすぎよ――でも、万が一があったら後味悪いからね」
「んー、ティアの勘、結構当たると思うけどなぁ」
「まあ、この場合は当たらないに越したことないわけですし……でも、怪しむ気になるとテレビ局と言うのは絶好の隠れ蓑ですよね。実際、精密機器の輸送を偽装してるってのは多いって聞きます。第三者が触れづらくて、厳重な梱包をしても怪しまれない」
「はいはい、この話はここまで! シャーリーさんからの返事が無いことにはどうにもならないし、ひとまず忘れましょ。ほらスバル、話に参加するのはいいけど、道間違えないでよね」
「大丈夫だよー、マッハキャリバーがナビってくれてるんだもん」
バックミラーを介して視線が合うと、スバルはにかっと笑う。
それから20分ほど走ると周囲の風景が唐突に変わった。それまでの木々は色鮮やかに紅葉していたと言うのに、今道路を囲む森は濃緑の葉が茂り、風景そのものを暗く染め上げている。
「古代ベルカの地を再現した、とかいう森だっけ。なんか暗いね」
昨夜ガイドブックで見た解説を思い出し、スバルは唇を尖らせる。これはこれで味があると言えなくもないが、鬱蒼とした森は少し前まで広がっていた紅葉と青空の色鮮やかさに比べると、やはりどうにも見劣りしてしまう。
「あ、あれがシュヴァルツブルグですね。へえ……写真で見るより、随分立派だなぁ」
エリオが座る助手席側からは森の彼方に城の威容が見て取れた。その言葉にキャロとティアナも窓に寄り、見上げる。
「あ、いいなぁ、あたしも見たいー!」
「子供じゃないんだから、我慢しなさい。5分も走らずに着くわよ」
ティアナの言葉通り、車はすぐに目的地へと到着した。観光用に整備された駐車場へと車を入れようとして、先に停まっていた一台のモーターモービルが視界に入り、ティアナは眉をひそめる。どこかで見覚えがあるような、という疑念はすぐに確信へ変わった。
OBCと車体の側面に書かれた小型バス。昨日蕎麦屋の駐車場で見かけた妙に気にかかるテレビ局のトラックと一緒に停まっていたものだ。
「この小型バス……」
「例のトラックと一緒だったヤツだね」
少し離れた場所へ停めて車を下りると、四人は小型バスを間近で眺める。
車体自体はそう新しくないが、最近外装を塗り直したのか、真新しいペイントが秋の日差しに光っている。
「ここの取材に来てるのかな?」
中の様子を窺おうとしても、車高が高いためよくわからない。ぐるりと見回ったかぎりでは中に人は残っていないようだった。
「そこ、何をしているんだ!」
野太い男の声が響いた。
一同が思わず身構えると、城の方から10人ほどの集団がこちらへ向かって来ている。濃い紺色のジャンバーを着た男を先頭に、カメラや反射板、照明やマイクと言った機材を抱えるラフな格好のガタイのよい男達が続き、一人スーツ姿の女性が混ざっていた。
「まさか悪戯してたわけじゃないだろうな」
怒鳴るように言いながら、先頭を歩いていた男が駆け寄ってくる。
「違います。昨日トラックと一緒に走ってるところ見かけたので、偶然だなと思って、ちょっと見てただけです」
ティアナの言葉に男は胡散臭げに一同を眺めてから、小型バスへと視線を向け、
「そうか、そら怒鳴って悪かったな。ロケバスが珍しいか?」
口調を多少穏やかにし、尋ねてくる。
「そうですね。――見たこと無い局ですし」
「そりゃそうさ。うちはミッドの局じゃないからな。オデッセイって管理世界の局だよ。今度聖王のドキュメンタリー番組を組むんでね、あちこちの次元世界を取材して回ってるのさ」
「……そうなんですか。あんなトラックが必要なんて、随分大掛かりな取材なんですね」
「ああ、ありゃ編集機材とかが載ってるんだ。なにしろいくつも次元世界を回るんでね、いちいち素材を送って局で編集するより、その場でやっちまった方が効率的なんだよ」
「成る程、テレビ局のことなんて全然知らないから、勉強になります」
意識的に固い口調で、怪しんでいるのを丸分かりにして言葉を紡ぐが、男の様子はからっとしたものだ。言っていることにも、別に怪しいところは見られない。
機材を積み込むので邪魔になるからどいてくれ、と言われては移動する他無い。ティアナとしてもこれ以上食い下がる理由はなく、一同はなんとなく会釈し、城の方へと歩いていく。
「ちゃんとテレビ局でしたね」
「そうね……後でシャーリーさんに連絡しなきゃ。無駄骨折らせちゃうわ」
「まあ、早くすっきりして良かったじゃない。でもテレビ局ってのも肉体労働なんだねー。みんな結構いいガタイしてた」
「あんな機材を持ち歩くんだから、大変ですね」
そんな会話をかわしながら歩いていると、券売所として設置されたらしいプレハブ小屋が見えてくる。入場券を購入し、中へ入る前に四人は揃って建物を見上げた。
黒の城シュヴァルツブルグの名前通り、外観は微妙に色感を変えてはいるものの黒一色で統一されている。夜になれば闇に溶け込んでしまいそうなほどだ。
「古代ベルカの戦城の作りだね……流石に質量兵器は撤去されてるけど、そこかしこに設置の跡がある」
「また大掛かりなの作ったものねえ。いくら山賊やらが出たって言っても、こんな物々しい城作らなくたって良かったでしょうに」
「でも、その分見ごたえはありそうですよ……お二人は、古代ベルカの技術の粋を結して作ったゆりかごを直接見てるから、そうでもないかもしれませんけど」
「いやまあ、あの時はのんびり見回ってる状況じゃなかったしねー。なのはさん達の所まで一直線に突っ走っただけだから、中のことはほとんど覚えてないや」
「同じく。印象くらいは残ってるけどね……まあ、とりあえず入りましょ」
ティアナの声に一同は同意し、もぎりに入場券を渡して場内へと足を踏み入れる。
券売所で配布していた案内図を見ると、
「1階からぐるりと回る構造なんですね」
「で、“忠誠の甲冑”があるのは4階まで上がって下りてきた後の、かつての謁見の間、か」
直行すればすぐ着ける場所だが、順路が定められているのだからそういうわけにもいかない。
「でもこうして昔の建物を見ると思うんだけど、基本的に荒事用の建物って似てるね。六課の隊舎はともかく、アースラの中とかこんな感じだったよね」
「言われてみればそうね。なんか似た印象だわ」
などと言い合いながら、通路を進んでいく。案内図を手にするキャロ曰く、後半はエルセア地方名産の展示などもあるそうだが、今のところ既に機能を失った武器や、かつてのデバイスの類、古代ベルカ時代の装飾品などが並んでいる。
「故郷であるベルカの地から逃れてきた時に、美術品の類も結構持ち出したみたいですね。2階と3階はそういった物の展示らしいです。あと聖王ゆかりの品とか……」
言って、キャロはくすりと笑う。何かおかしいところがあっただろうかと首をかしげる一同に、
「あ、聖王って、ヴィヴィオのことなんだなーって思ったら」
キャロの応えに、スバル達は揃って顔をほころばせる。六課時代に知り合った、今は高町の姓を名乗る小さな友人ヴィヴィオの生まれ育ちはとんでもなく複雑なものだ。中でもごく僅かな人々だけが知る事実として、遺伝子情報的には多数の次元世界で信仰される聖王その人と同一であると言うのは、真顔で言ったら病院に行った方がいいんじゃないか、と心配げな顔で言われること請け合いの真実であろう。勿論、それを知る関係者は吹聴して回る気など毛頭無いが。
「まあ本人ってわけじゃないんだから、流石にヴィヴィオそっくりな肖像画とかはないでしょ」
「そうですね」
ティアナの突っ込みにキャロは照れ笑い。つられて皆が笑う和やかなムードのまま、2階、3階と見て回る。
「これ……グラーフアイゼン!?」
書物や絵画の情報から再現されたレプリカの兵器が並ぶ一画で、エリオは見慣れたデバイスを見かけ思わず叫ぶような驚きの声をあげてしまった。六課時代、スバルとティアナの上司であり、エリオとキャロにも様々なことを教導してくれた紅の鉄騎の異名を持つ古代ベルカ式魔法の達人、ヴィータが持つアームドデバイスそっくりの兵器が、ガラスケースの中に展示されている。
「ある騎士が記した戦場の記録から再現したアームドデバイス……うわ、本気でグラーフアイゼンそのものだったりしないわよね……」
シグナム、シャマル、ザフィーラに、ヴィータを含めたヴォルケンリッターと呼ばれる六課時代の上司達は、古代ベルカのロストロギアによって生み出された存在だ。同時代の騎士が記したという記録に残っている可能性は十分ありえる。
「こういうの見ると、つくづく凄い人達に鍛えてもらってたって思うわ……」
「あ、あはは……同感」
スバルが乾いた笑い声をあげる。直接教導してもらった機会はおそらくスバルが最多だ。朝から夕方まで、夢でうなされかねないほどグラーフアイゼンで延々と叩かれた記憶は、もう笑うしかないほど凄まじいものだった。
「それにしても、基本的に戦関連の展示物が多いですね」
「時代が時代だし、機能美を兼ね備えてはいるけど実用品がほとんどな感じよね」
「4階は、今のエルセアの名産展示だそうですから、なんかほっとする感じです」
キャロの言葉通り、4階に陳列されているのはごく普通の芸術品ばかりだった。良い土が取れるそうで、陶磁器が名産らしい。コバルトブルーの鮮やかな色合いで絵付けされた品々を見て、スバルとキャロは目を輝かせ、その二人ほど素直ではないティアナと、男の子だからかさほど興味を引かれていないエリオも、感心の声をあげる。
「ティーカップとかおみやげにいいかもしれないわね」
「ねえ、エリオくん! カレルとリエラにお揃いのお皿とか買っていってあげようか?」
「あ、いいね。ちょっと子供向けの、可愛い絵のヤツとかあるといいな」
「チンク達への差し入れ……あー、でも陶器とかガラスは禁止なのかなぁ。いいや、後で相談してから決めよ……」
勿論展示されているものをそのまま買えるわけではないが、1階の土産物コーナーでおみやげ用の陶磁器などが売っているらしい掲示もあり、誰に何を買う、といった会話が盛り上がる。
「さて、次はいよいよ“忠誠の甲冑”だね」
《楽しみです》
一通り見て回り、階段を下りながらのスバルの言葉に応えるマッハキャリバーの口調が、いつもの硬質のそれながらどこか楽しげに聞こえる。
1階へ戻り歩くことしばらく、照明の抑えられた広間に辿り着く。元は城内でもっとも煌びやかな空間であっただろう場所だが、今は黄昏や曙を思わせるほのかな光に包まれていた。
かつて玉座があった場所に、写真で見た通りの“忠誠の甲冑”が飾られている。
城の外観と色を同じくした漆黒の全身鎧だ。目立った装飾も無いシンプルな形で、だがその分受ける印象は堅牢だった。
「これが、“忠誠の甲冑”……」
「やっぱり、実際見てもそう凄まじいロストロギアって感じじゃないわね。まあ優秀なデバイスだって持ち主がダメなら、その性能を活かし切れないわけだしね。そもそも機能停止してるし……動いてた時はどんなんだったと見る?」
胡散臭げに眺め、ティアナは隣に立つエリオへ話を振る。
「そうですね……まず基本として物理装甲による高い防御性能は確実ですよね。それでも傷一つ無いという防御性能はありえないと思いますから、装甲の自動修復機能、あとは身体能力の強化とか……」
「まあ、そんなとこでしょ。ロストロギアなだけに何でもありだとは思うけど……鎧一つでそこまで強くなれたら苦労しないわよね。第一、聖王から直々に賜った、って言うなら、元々優秀な騎士だったんだろうし」
「そうなのかなぁ……どう思う、マッハキャリバー?」
《同感です。道具と主、互いに相応しい相手で無ければそれは歪みを生みます……ただ》
珍しく、硬質の声が言いよどむように一度言葉を止める。
促すように一同に首をかしげられ、マッハキャリバーは本体の明滅と共に残りの言葉を紡いだ。
《その“忠誠の甲冑”には、何かが足りないような印象を受けます》
「何かが……足りない?」
《はい。具体的に何が、と明言は出来ませんが……》
「珍しいわね、マッハキャリバーがそんな風に言葉を濁すなんて。インテリジェントデバイスの勘ってヤツ?」
《経験とデータからの予測です。あえて例えるなら――カートリッジシステムを外されたアームドデバイスは、このような印象を受けるかと》
「んー、つまり、使えるけど、完全じゃない、そんな感じ?」
明滅が肯定の意を示す。
「機能を停止してるんじゃなくて、肝心の機能部分が失われてる……?」
《あまり深く捉えないでください》
真剣な顔で考え始めてしまった一同に、マッハキャリバーは困惑した様子だった。
「どの道封印処理もされずに放置されてるってことは、もう再起不能なんだろうね……」
《そうですね。――ありがとうございます、皆さん。私の意見を取り入れていただいて》
「いいよいいよ、どうせあたし達も見たかったんだもん。実際見ごたえあったし!」
「色々驚きもありましたしね」
陳列されたグラーフアイゼン(仮)を思い出し苦笑するエリオに、一同も笑いあった。

スバル達が土産物を買い、車に乗り込んで次の目的地へと向かおうとしたのと時を同じくして、
「ありがとうございましたっ!」
少年少女の声が青空へと吸い込まれていく。
ミッドチルダ北部にある第四陸士訓練校では、午前の訓練が丁度終わったところだった。少年少女達の前に立つのは、四十路がらみの精悍な黒人男性と、赤毛の少女が二人。一人は明るい髪を短く切り揃え、もう一人は暗く長い髪をうなじあたりでくるりと巻き、後頭部でまとめている。
「君達は、午後から休暇だったな」
「はいっ、ウェンディ教官補佐、並びにノーヴェ教官補佐、本日午後より4日間の休暇をいただくっス!」
「言葉遣い」
「へ? あ、ああー、失礼しました! ウェンディ教官補佐、並びにノーヴェ教官補佐、本日午後より4日間の休暇をいただきます!」
じろりと睨まれるのと共に、短い注意を受け、長髪の方の少女――ウェンディは慌てて言い直す。
黒人男性の無骨な表情に怒りの色は無いが、はっきりと呆れているのがわかる。苦笑いするウェンディに、
「細かいことだが、気にする人間も多い。余計なことで心証を悪くするなよ。お前たちを嫌っている人間は今でも大勢いる」
『ンなこと言われてなくもわかってるっつーの』
『こらノーヴェ、口が悪いっスよ。心配してくれてるんじゃないっスか』
『頼んでねえよ』
「ノーヴェ」
むすっとした顔の短髪の少女、ノーヴェへと黒人男性が声をかける。
「なんでしょうか、マイヴィ教官」
「念話で愚痴るのは構わんが、チャンネルは閉じておけ」
「!?」
ずばり言い当てられ、思わずノーヴェはたじろいだ。確かに無差別に流した念話だったが、通常の念話ではなく、ナンバーズ特有のエネルギー波に乗せたものであり、ウェンディ以外に聞こえるはずが無い。心中で思うだけに終わらなかったのは、ノーヴェ本人はけして認めたがらないだろうが、ウェンディへの甘えだろう。
そんなノーヴェを見て、マイヴィはにやりと笑う。その表情の動きだけで、はめられたと咄嗟に理解した。
「まだまだ小娘だな。それでは好きに生きるのは難しいぞ。ましてお前たちの負債は大きい。媚びろ、とは言わんが、突っ張っていても得は無い」
「一本取られたっスね、ノーヴェ」
「……うるせぇよ」
肘で突いてくるウェンディを突き返し、ノーヴェはマイヴィを睨み、
「やっぱ、アンタむかつく」
「あ、ノーヴェ! こら、そーゆー態度良くないっスよー!」
言い捨てて校舎の方へ歩いて行ってしまうノーヴェに呆れ気味の声をかけるも、振り向きもしない。
「……すいません、教官。小生意気な姉で」
「まあ、生意気なのを相手にするのは慣れている……それが補佐官と言うのは、私も初めてだが」
苦笑いで、マイヴィは去っていくノーヴェを見送った。
「生意気、と言うだけで別に反抗的なわけではないしな。こう言ってはますます嫌われそうだが、子供なのだろうな、彼女は」
「稼働時間短いっスからねえ。あたしも人のこと言えないっスけど」
「早く行ってやるといい。コラード学長の最終承認が必要なのだろう」
「ありがとうございますっ、失礼するっス!」
「言葉遣い」
「失礼いたします!」
溜息一つ吐いて再度の注意に、ウェンディは言い直して照れ笑い。
「まったく、本当にお前も人のことを言えんな。普段はかまわんが、公式の場や挨拶では気をつけろよ」
「お恥ずかしい限りっス……」
敬礼し、既に小さくなった背中のノーヴェを追いかける。
『ノーヴェー、マイヴィ教官だからいいようなものの、そういう態度はマジヤバイっスよー』
『うるせぇな、やるこたやってるだろ』
『ちゃんとした態度も、その“やること”に入るんスよ』
追いついたが、声に出しての会話に切り替えるとノーヴェの心証がますます悪くなりそうなので、念話を継続。憮然とした感情が伝わってくるのに、こちらからの呆れ半分微笑ましさ半分の感情を念話に乗せないように、ウェンディは若干真面目な調子で、
『あたしらの行動、チンク姉やセイン達の出所判断に使われるかもしれないんスよ? 愛想良くしろたぁあたしも言わないっスけど』
素直で無いノーヴェに対して「大人になれ」だの「人見知りを直せ」だの言うと話がややこしくなるので、具体的な指針は伏せて少し卑怯だと思いながらも、未だ海上隔離施設に残る姉達のことを引き合いに出す。
『う……ぜ、善処はする』
『よろしく頼むっスよー』
並んで歩く間も、愛想良く挨拶をかわすウェンディと、挨拶された場合だけむすっとした表情で曖昧に応えるだけのノーヴェと、すれ違う顔見知りとのやり取りは対象的だった。
普段は食堂やシャワールームへ向かうが、今日はこれから休暇に入る為、私服に着替えなければならない。休暇の最終承認を得る為に、二人は学長室へ向かった。扉をノックし、許可が出たので失礼します、と断ってから入室する。
「クリサ・マイヴィ教官付き教官補佐、ウェンディです!」
「同じく、ノーヴェです!」
「ああ、貴女たち……そう言えば、午後から休暇だったわね。ごめんなさいね、本当は昨日の仕事が終わった時点で許可が出せればよかったのだけれど」
敬礼する二人を穏やかに見るのは、この部屋の主、第四陸士訓練校の学長ファーン・コラード三佐だった。既に初老の域に入った優しげな女性だが、印象とは裏腹に案外食えない人物であることは、今では薄々理解していた。
事前に提出していた書類がサインを加えて返される。通常はわざわざ学長まで休暇の許可を取りに行く必要など無いが、この二人の場合はかなり特殊なケースであり、様々な事前の申請や承認が必要であった。
「ゆっくりしてらっしゃい」
「はい、ありがとうございます」
ウェンディはにこやかに、ノーヴェは表情こそ硬いがしっかりお礼を言う。
「事前に説明があったとは思うけど、定時連絡は欠かさないようにね。通信の届かない場所に行く時は、必ず事前に報告すること。発信機は常に身につけること。なにかと不自由させるけど……」
「あ、いや、そんなこと、ないです」
申し訳無さそうなコラードに、ノーヴェはぎこちなく応えた。他人に優しくされたり、気を遣われたりするのに慣れていないのだ。
「それでは、失礼しますっ」
頭を下げ、ほとんど逃げるようにきびすを返すノーヴェ。その背中を、見られたら絶対に噛み付かれそうなにんまり顔でウェンディは見送った。
『おい、ウェンディ、なんで来ないんだよ』
『悪いっスね、ちょっと学長に話があるっス。先にシャワー浴びといてもらえるっスか?』
『……? いいけど、遅れんなよ』
『了解っスよー』
扉越しに念話の会話を終えて、ウェンディはコラードへと向き直る。組んだ指の上に顎を乗せ、どこか楽しげな視線が向けられているのに気づくと、ウェンディは妙に気恥ずかしくなり、照れ隠しに笑ってみせる。
「何か用事かしら?」
「用って訳じゃないんスけど……ちょっと、聞きたいことがあって」
ソファを勧められるが、訓練後で汗をかいているし、すぐ済む話なので辞退する。聞きたいことははっきりしているが、さてどう切り出したものか、としばし迷い、
「あの、改めて、ありがとうございます。休暇の許可出してくれて」
「ふふ、いいのよ。貴女たちは決まりに従って休暇を申請しただけだもの。勤務態度も問題無し、これで許可を出さない方がどうかしてるわ」
「そこっス」
首をかしげるコラードに、割り込んだはいいが続きを口に出すのにまた少し言葉を考えて、
「その……あたしらは、前科者な訳っスよね。そらまあ、普通の犯罪者とはちょいと事情違うっスけど、とんでもない重罪人っス。なのに、なんと言うか……いいんスか? こんな普通にしてて」
「普通ではないでしょう? 発信機の携帯や、定時連絡も義務付けられている」
「それはそうっスけど……こうして休暇も許可してもらえるし、労働条件だって普通の教官補佐と一緒っスよ。今回の休暇にしても、あたしらが何か企んでる、とか考えないんスか?」
「企んでる……例えば?」
「え、例えばっスか? え、えーと、ガジェットを大量に保管してる場所を知っていて、その情報をテロリストに流すとか、あー、あと単純にもう帰って来ないっつーのもありっスかね」
勿論企んでいることなど毛頭無いウェンディは、問い返されても困るだけだ。戦闘指揮ならともかく、戦術立案はウェンディの役割ではない。
「どちらもまずありえないわね。貴女たちにメリットがないもの」
「まあそうっスけど……管理局への復讐とか」
「復讐、考えてる?」
「それは……ずるいっスよ」
唇を尖らせて、ウェンディは言う。答えの決まっている、そしてそれを言い辛い質問ほどやっかいなものはない。
「あたしは、姉妹みんなが普通に暮らせれば十分っス。そういう意味では、管理局にはむしろ感謝してるっスよ。あたしとノーヴェ、双子は条件付きとは言え、こうやって自由に暮らせてる訳っスし、隔離施設での暮らしだって破格の扱いだったと思うっス……な、なんスか?」
ウェンディの独白に、コラードは何故かにこにことあたたかく微笑んでいる。向けられる視線にたじろぐウェンディに、コラードは笑みをますます深め、
「いえ、やっぱり姉妹なのねえ、と思って。ノーヴェは内気、貴女は積極的、という差こそあれど、ね」
「ノーヴェが内気ぃ!? いやぁ、無愛想なだけだと思うっスけど……」
「そうかしら? まあノーヴェに関する見解の相違については、その内ゆっくりお茶でも飲みながら話すとして……貴女がそうやって戸惑うのは、貴女がこの社会にしっかりと馴染んできたってことね」
「……あたし、戸惑ってるっスか?」
「戸惑ってるわねえ。ふふ、そのことに関しても、休暇から帰ってきたらゆっくり話しましょうか。そろそろ行かないと、せっかくの休暇なのに慌しくなるわよ。難しい話は忘れて、ひとまず楽しんでいらっしゃい」
笑顔だが、話はもう終わりだ、と瞳が告げていた。
「はあ……ありがとうございます」
どうにも釈然としないが、これ以上は何を言っても答えが返ってきそうにないし、コラードの言うとおりこれからシャワーを浴びて、支度もしなければならないのも事実だ。
「あの人は苦手っス……どうも子供扱いされるっスからねえ」
退室してから、嘆息まじりに呟く。
「なんかはぐらかされただけって感じっスけど……ま、なにはともあれ休暇っス! 気分切り替えて、ぱーっと遊ぶとしますか!」
軽く頭を振り、もやもやを振り払う。シャワーにさほど時間をかけないノーヴェはそろそろ浴び終えてしまってる頃だろうか、と思いつつウェンディは着替えを取りに行くために廊下を小走りで進んだ。

空が暗くなるまでゆっくり観光して回り、夕食後にのんびりと風呂へ入って、すっかりと部屋でくつろぎモードの一同はスバルが見ている、というドラマを見ていた。
不器用な少年と少女が、個性的な友人に囲まれながらゆっくりとその距離を縮めていく学園ドラマだとスバルが説明する通り、なんだかもどかしくなるようなやり取りが微笑ましい。
「この主役の俳優さんの声、ヴァイスさんに似てません?」
「あ、やっぱりエリオもそう思う? で、ヒロインの子は――」
「なんとなくですけど、ティアさんに似ている気がします」
「ぶっ、ちょっと、あたしこんな甘ったるい声してないわよ!」
「えー、似てるって。ほら、ちょっと今のセリフ言ってみてよ」
「あんな恥ずかしいセリフ言えるかっ!」
などとじゃれあっていると、内線が軽快な音を立てる。
「あれ、なんだろ……?」
「ああ、多分あたしにだろうから、出るわよ」
手を伸ばしかけたスバルを制して、ティアナが受話器を取った。
『こちらフロントです。フィニーノ様からランスター様へ通信が入っておりますが、お繋ぎしてもよろしいでしょうか』
「ええ、お願いします」
通信の交換に若干時間がかかるらしく、保留音が流れる。それを聞きながらティアナは、
「流石シャーリーさん、仕事が早い……けど、無駄骨折らせちゃったわね……」
感心して呟く。根拠の無い疑いは、疑っている相手が実際仕事をしているのを見かけたことで既におおむね晴れている。シュヴァルツブルグを後にしてからシャーリーに連絡を入れて調査の打ち切りを言い出そうとしたのだが、何か急な用事でも入ったのか何度か連絡してもずっと不在だった。
『もしもし、ティアナ? シャーリーです』
「あ、はい、どうもです……あの、すごく言いにくいんですけど」
『うん?』
「その、実は怪しんでいたトラックと一緒に走ってたバスを昼間見かけまして、乗っていた人と直接話したんです」
『ええっ? じゃあ……』
「はい、ちゃんと機材も持って取材してたみたいだし、真っ当なテレビ局だと思います。そうなんですよね?」
『ん……そうね。OBCってテレビ局は実在したわ。それも3局も。ミッドに1局、他次元に2局……どれもごく普通の地方局ね』
「多分、他次元の局だと思います。オデッセイとか言ってましたから……」
『あ、じゃあ間違いないわね。他次元の局の一つは、正式名称がオデッセイブロードキャスティングコーポレーションだったわ』
「あの……ごめんなさい、無駄骨折らせて。それと、ありがとうございます」
『あはは、いいよいいよ。一応資料をファックスしとくね。ロゴとかマスコットなんか口で説明しづらいし』
「お願いします――あ、おみやげ、楽しみにしてくださいね」
『へ? あ、ああ! うんっ、楽しみに待ってるわね!』
受話器を置き、ティアナは大きく溜息をつく。安心と申し訳なさがない交ぜになった溜息だった。
「やっぱり、あたしの考えすぎだったみたい」
「昼間のテレビ局?」
「ええ。名乗った次元世界の名前も一致したし……まあ、何もなくてなによりだわ、シャーリーさんには悪いことしちゃったけど。一応資料送ってくれるって言うから、フロント行ってくる」
見送りの言葉を背中に受けて、ティアナは部屋をあとにする。
夕食後の入浴を済ませた、同じような格好の他の宿泊客と時折すれ違う。平日ゆえに高齢者が多く、年若いティアナは珍しい。スバルやキャロともども、風呂では随分と注目の的になった。無邪気なキャロはあっという間に人気者になってしまったし、スバルとティアナも現職のことでやたらと感心されたりした。
社交的なシャーリーならば、こういう場で思いもよらない繋がりを作ったりしてしまうのだろうな、とティアナは同僚の度胸と行動力を思い苦笑する。ティアナが直接親しく知る執務官はフェイトとその義兄であるクロノの二人だけだが、その二人ともに、社交的で優秀な補佐官が付いている。いつか自分が執務官になった時、シャーリーやエイミィのような優秀な補佐官を得られるだろうか、と思いを馳せるが、
「まず執務官になってから考えるべきことよね……」
先走る思いに苦笑を深めている内にフロントへ到着した。ファックスが届いているか聞くと、今通信中とのことで、終わったら持ってきてもらうように言って、フロントに置かれたソファーに腰を下ろして待つことしばらく。すぐに紙束が従業員の手によって届けられた。
「ミッド北部のオースター放送協会、管理世界34番オルファンの放送局、でオデッセイの局か……疑う余地は無いわね……ん?」
何枚目かの紙面に描かれたロゴマークとマスコットを見て、ティアナは紙束をめくる手を止めた。
「……違う」
表情が硬くなる。
更に紙束をめくる。何度かロゴやマスコットが変更された旨が書かれており、変更された年と全てのデザインが載っているが、
「車体に描かれていたのは、どれとも一致しない……!?」
トラックやバスの側面に描かれていた局名のロゴと、ビデオカメラのイラストは送られてきた資料のどこを見ても存在しない。なにか言い知れぬ焦燥感に駆られ、ティアナが咄嗟に立ち上がったその瞬間、
「!?」
周囲が一瞬で暗闇に包まれた。ところどころに設置された非常灯によりかろうじて真っ暗闇ではないが、突然の変化に視覚が付いて来ない。悲鳴や事態を問いただす大声が響く中、だがティアナは慌てなかった。胸元へ携帯していたクロスミラージュを取り出し、警戒を一任。自分はスバルへと念話を飛ばす。
『スバル、どうもビンゴを引いちゃったみたい。二人を連れてすぐに玄関まで来て!』
「クロスミラージュ、バリアジャケットお願い!」
《All right. Standby, ready.》
「セットアップ!」
まるで計ったかのようなタイミングだが、単純な停電とは思えなかった。荒事にも即座に対応出来るよう、バリアジャケットを装着し、威力の無い魔力弾をいくつか生成して、従業員へ明かりに使ってくれと申し出る。さらに管理局員であることを説明し、調査の為宿から出ることを伝えているうちにスバル達もやってきた。デバイスこそ待機状態のままだが、先ほどまでの浴衣姿ではなく、ティアナ同様見慣れたバリアジャケット姿だ。
「ティア、大丈夫!?」
「? そりゃ大丈夫よ、どうしたの」
「だって、念話やけにノイズ交じりだったよ。大規模な魔力撹乱後みたいな感じだった」
「はあ? そんなわけ……っ!」
言われて念話を無差別に受信するようにチャンネルを開き、ティアナは顔をしかめた。チューニングの合っていないラジオのような、嵐に似たノイズが流れている。スバルの言うとおり、大規模な砲撃や範囲攻撃の後では空間の魔力が乱れ、本来拾うはずではない魔力を念話情報として拾ってしまうことがあり、今の状況はそれによく似ていた。
「なにこれ……こんな状況になる魔力反応なんて無かったわよ。とにかく、異常事態なのは確かね」
「あたし、外の様子見てくる!」
駆け出したスバルを追おうとしたティアナだが、先ほど話をしたフロントの女性に呼び止められる。停電について電力会社へ通信を入れようとしたところ、通信がまったく反応しないらしい。
「なにか、事件なんでしょうか……」
「少し待ってください。エリオ、キャロ、周辺警戒お願い。ノイズが鬱陶しいけど、連絡は密にね。スバルと合流して外で待ってて」
「はいっ!」
年少組が駆けて行くのを横目に見ながら、ティアナはどう答えたものかわずかに迷い、
「現在調査中です。おそらくこの旅館に累が及ぶことは無いと思いますが……滞在客の方への説明に、管理局の人間が事態究明に動いている、言ってもらって構いません。多少は混乱を収める助けになると思います」
「は、はい」
不安げな顔の女性には申し訳なく思うが、ここに留まっているわけにはいかない。一礼して、外へ駆け出す。
『ティア、大変だよ! 宿の外、ウイングロード上ってこれる!?』
スバルからの念話通り、暗闇の中青い光の道が宿から真っ直ぐ山を越えるような形で伸びていた。マッハキャリバーのあるスバルなら平然と駆け抜けられるだろうが、身体一つで走らなければならないティアナにはかなり辛い道だった。
『ちょっとこれを上るのはキツイわね。映像送れない?』
スバルから肯定の声が返ってくる。すぐにマッハキャリバーからクロスミラージュへと情報が送られ、空間モニターに投影される。
『……ちょっとスバル、何も映って無いわよ』
『このままの状態なんだよ。……多分、ノール全域が』
『停電してるってこと? ……スバル! 左上の辺り何かチカチカ光ってる! あんたの視力ならもうちょっとはっきり見えない!?』
『待って……』
スバルからの答えを待つ間に、エリオとキャロからの念話報告が入ってくる。キャロが簡易サーチで周辺を探っているが、特に怪しい反応はないらしい。
『ティア! 多分魔力弾の撃ち合いだよ、この光! 誰かが戦闘してる!』
スバルの叫びに、ティアナの表情の苦味はますます深まる。

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