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「すー……」
豪華な天蓋付きのベッドで、女が一人眠っている。
年の頃は二十歳を少し過ぎたくらい。短く切り揃えられた柔らかそうな栗色の髪が、寝息に合わせてふわふわと揺れていた。
元からそうだったのか、はたまた器用な寝相なのか、彼女は布団の中ではなく、掛け布団の上に転がっている。纏うのは薄桃色のネグリジェ。透けるほどではないが、薄い素材のため身体のラインは丸見えだった。余分な肉の無いすらりとした肢体は、魅力的と呼んで差し支えないだろう。ちなみに胸は無い。
「むー……ううー……」
なにやらうなされている様子。いったいどんな悪夢を見ているのやら、その顔は苦悶に歪んで――
「なにやってるかばかちーーーーーーん!!!!」
否。浮かぶのは激怒の表情。
いったいどんな夢を見ているのやら、なおもむーっとした顔でゴロゴロ転がり、
「……あうっ」
落ちた。



タイガー目覚める 〜エミヤシロウ最後の日!?〜




「うー……?」
へんなゆめをみた。
士郎んちの道場で、見たこと無い銀髪のちっちゃい女の子とドツキ漫才してる夢。
「むー?」
お笑い芸人になりたいなんて思ったことないんだけど。
のそのそ起きながら、わたしはぼーっと考える。
とりあえず、おなか減ったのでご飯にしよう。
部屋の中は暗い。くるりと見回しても時計はなかったので、分厚いカーテンをぺろりとめくってみると外はまだ朝みたい。
「……むむ?」
なんか、ヘンだ。
ヘンなことその1、目の前の、お姫さまが使いそうな天井のついたベッドなんて、わたしの部屋にはないはず。
ヘンなことその2、わたしの部屋は畳張りのはずなのに、手をついている床は真っ赤なじゅうたん。
ヘンなことその3、今気付いたけど、愛用の横縞パジャマじゃなくて、なんだかえっちな服を着てる。
ヘンなことその4、そもそも、
「ここはどこなのよぅーっ!?」
いくら士郎にぼけてるぼけてる言われても、こんな部屋が自分の家にないことくらいはわかる。
士郎んちの居間にいたはずなのに、なんでこんなところに?
「むー」
これはあれだろうか、ドラマなんかでお馴染みの、
「誘拐、とか」
その言葉を口にして、あらためてその現実ばなれっぷりにびっくりする。
ゆうかい。
うん、絶対に縁のない言葉だと思う。確かにわたしの家はお金持ちだけど、同時にいわゆるヤクザ屋さんでもあるのだ。わざわざヤクザ屋さんの娘をさらう人もいないんじゃないか。だいたい誘拐されるって言ったら、普通もっと小さい女の子だろう。
それに、自慢ではないけどわたしの家は仁義を重んじる昔ながらのヤクザ屋さん。ヘンなクスリや流行のオレオレ詐欺なんかとは無縁で、町の治安を守る代わりにショバ代を頂くという形で運営されているのだ。そのおかげで深山町の犯罪発生率が低いのはじまんである。だから誘拐とか人殺しなんて、深山じゃここ何年も起こってないんだけど……
「……ま、いいや」
誘拐されたとしても、それはそれでどうにかなる。
と言うか、
「士郎が助けてくれるよねー」
なにしろわたしの弟分は正義の味方なのだ。恥ずかしがるから人には言うなと言われてるけど、恥ずかしがる士郎は大変可愛面白いので今度美綴さんあたりには話してしまおう。
弟分頼りというのもちょっと情けないけど、やっぱり真っ直ぐに正義の味方を目指す士郎は心強い。あの子がいれば、それなりの大ぴんちは乗り切れると思う。うん、具体的に言えば誘拐とか。
それにしても、この服はいけない。ひらひらしてて動き難いし。
きょろきょろまわりを見回すと、見慣れた横縞の長袖シャツと深緑のジャンパースカート。ちゃんと畳んであって、手に取ってみると洗濯もしてあるみたいだった。
なかなか親切な誘拐犯さんだ。
一応入り口をそこらへんにあった椅子なんかで塞いでから、ぱぱっとピンク色したえっちな服を脱いで、いつもの服に袖を通す。
「ん、落ち着いた」
さっきの服みたいなぴらぴらでひらひらなのは着ないもんね。桜ちゃんなんか似合いそうだけど、寝るときはパジャマなのかな? 今度着せてみよう、うん決めた。
さてどうしよう。
ぺたんとベッドに腰をおろしたわたしのおなかがくーっと小さな音をたてる。
「むむ」
おなかが空いた。
なら次にすることは食料調達だろう。
ドアノブを回してみたらあっけなくドアは開いた。つまり、自由に動き回っていいってことに違いない。
廊下に出ると、結構広いお屋敷だってことがわかった。わたしの家や、士郎んちとは違って、純洋風の建物のようだ。珍しいので、ふらふら歩いてみる。
「ひゃー、お金持ちっぽーい」
広い広い、とにかく広い。
このあたりには大きなおうちが多いけど、この家はその中でも一番か二番じゃないだろうか。
「む、じゃあ営利誘拐じゃないっぽい?」
世の中にはお金はいくら持ってても足りないって人もいるらしいけど。これだけおっきなおうちに住んでるとしたらお金目当ての誘拐より、違う動機と考えた方がすっきりする。
「うー、変態さんだったらやだよぅ……」
普通の誘拐犯さんならともかく、それが変態さんだったらと思うと寒気がする。違うと信じよう。
そんなことを考えていると、台所に到着した。
「なにか食べられるものはー、と」
生で食べられそうなものは……パンと、ハム、くらいか。日本人ならご飯は白いお米と思ってるわたしだけど、パンを食べないわけじゃない。
「おなかに溜まらないからあんまり好きじゃないんだけどねー」
おやつにサンドイッチをつまんだりするのはいいんだけど。
と言ってもお米を炊く時間を待てるほど、わたしのおなかに余裕はない。
一斤のパンをずばずば切って、半分はハムを挟んで、半分はなんだか高そうなイチゴジャムがあったので、それをたっぷりと塗っていただいた。マーガリンがなかったのはちょっと減点ポイント、ジャムと一緒に塗るとまろやかになって美味しいのに。ただ、バターがなかったのは褒めてあげてもいい点だ。バターを使う人はわたしの敵である。そういう意味では士郎はわたしの敵なんだけど、マーガリンもちゃんと用意してるんで許す。
「さて、と」
ひとまずおなかは落ち着いた。動き回るとおなかが減るけど、状況を確認するためにもおうち探険を続けることにする。





「はうー」
結論。
「なんなのよぅ、このおうちー」
お化け屋敷なのかもしれない。うう、怪談話とか嫌いなのに。
玄関は普通にあった、鍵だって中から閉めるごく普通の鍵だった。中から閉められるということは、中から開けられると言うことで、こんな簡単に出られていいのかーと思いながら鍵を開けてドアノブを回したら、いったいどんな仕組みになってるのか、ドアがまったく動かない。
窓も同じで、鍵は開くんだけど窓そのものが開かない。どんな魔法がかかってるのやら。
そんなわけで、どうしようもなくなって一番最初にいた部屋まで戻ってきた。
あらためてぐるりと部屋を見回す。
ごーじゃすだ。
起きたときにも思ったけど、ベッドはお姫さまが使うみたいなヤツだし、家具はおっきくて細工も綺麗。中でも目を引くのはベッドの脇にある大きな箱、あれは宝箱というものではないだろうか。
「……む」
見回しを続けていると、部屋の隅にある腰くらいまでの高さの本棚、その上に置かれたものが目に入った。
写真だ。5,6歳の女の子が写っている。
「むー?」
はて、どこかで見たような気がする。それも最近。
「むむー」
写真はわりと古い。ということは、写ってる女の子は写真どおりの姿じゃなくて、成長してるってことよね。
「あ、このリボン……」
写真の中の女の子が髪を留めているリボンに見覚えがある。
これは、桜ちゃんがいつも髪に結んでるリボンだ。
「あれ? ってことは、この子桜ちゃん?」
桜ちゃんって感じじゃないんだけど……
「むー?」
なにかの手がかりになるどころか、余計混乱してしまった。むずかしいことを考えるのは苦手なのである。
「わっからないよー」
べたーんとベッドに身を投げ出す。
うわー、ふかふか。お布団じゃなくてベッドもいいかも。
そんな風に思ったら、伸ばした手に硬い感触。
「……電話だ」
電話の子機。
「まさか繋がったり……しないわよねぇ」
ランプがついてるから電気は切れてないみたいだけど。
ためしに士郎んちにかけてみる。
『―――はい、もしもし衛宮ですけど』
出た。
人間、なんでもやってみるもんだ。
『もしもし? どちら様ですか?』
「しろうー、お姉ちゃん誘拐されちゃったよぅー」
とりあえず、素直に現状を伝えてみる。
『藤ねえ!? ちょ、ちょっと待て! 誘拐されたって……え? ええー!?』
「士郎んちにいたはずなのにね、気づいたら全然知らない家にいるのよぉー」
あ、ちょっとまずい。
士郎の声を聞いたら、なんだか安心して泣けてきた。
『ぜ、全然知らない家って、おいこら遠坂っ! おまえ藤ねえをどこに連れ込んだーっ!?』
……はて。
なんだか電話口の士郎からおかしな言葉が飛び出したような。
『何処に連れ込んだって、失礼ね。わたしの寝室に寝かせてきただけじゃない……あ』
……むむ。
『ちょっと待て遠坂。『あ』ってなんだ、『あ』って。まさか寝てる藤ねえにヘンなことしたんじゃないだろうな』
『べ、別にそんなことはしてないわよ! ただわたしの家の鍵ってちょっと特殊だから、藤村先生じゃ開けられないなーと思って』
「ねえ、士郎? なんで士郎んちにいたはずのわたしが遠坂さんの家で寝てるのかなー?」
『え? あ、いや藤ねえ。それには深い理由が』
「ふぅん、深い理由」
ちらりと時計に目をやると、針は七時を指している。勿論朝の。
……あれ?
「どうしてこんな時間に遠坂さんが士郎んちにいるのよーーーーーーっ!?」
おかしい、それはおかしい。夜ならともかく、こんな朝早くに遠坂さんが士郎の家にいるのは絶対にオカシイ。夜討ち朝駆けは戦の基本だけど、それにしたってどう考えてもヘンだ。
『と、とにかくこれからすぐに迎えに行くから大人しく待っててくれ!』
「あ! 士郎! こらちょっと待ちなさい、そんな朝から女の子を家に連れ込むような子に育てた覚えお姉ちゃんはないんだからねーっ!」
電話は切れた。
「……はぁ」
血は繋がってなくても切嗣さんの子供ってことなんだろうか、甲斐性があるんだかないんだかわからないとことか。
「でも、そっかー。士郎も女の子を連れ込むくらい大人になったのかぁ。お姉ちゃんとしてはちょっと寂しいなー」
とは言え、学生さんのくせにそんな爛れた生活はダメだと思う。
ここが遠坂さんの家なら士郎んちからは結構遠い。
今のうちにもう一度腹ごしらえをして、慌ててやってくる士郎をこってりしぼってあげるとしよう。
最近女の子に囲まれてにやにやしてる士郎に、衛宮家は体育会系だということを思い出させてあげるのだ――!

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