《Wide Area Protection》 《Defencer》 性別の異なる硬質な二つの声が重なり、桜色の障壁が士郎達の周囲を覆った。幾つか障壁を突破してくる魔弾もあるが、その悉くは金色の盾によって防がれる。 弾かれた魔弾が道路や、周囲の墓地の地面を抉り、土煙を巻き起こす。 それが晴れると同時に、再び響く声。 《Barrier jacket. Set up》 晴れた土煙の中から現れたのは、士郎と凛を守るように立つ二人の少女。 黒を纏い、金色の刃を持つ黒杖を携えた少女、セイバー。 白を纏い、魔弾を展開する白杖を構えた少女、アーチャー。 輝くその姿に、バーサーカーと呼ばれた金髪の少女が口を尖らせる。 「……ずるーい。弾幕は防ぐものじゃなくて、避けるものよ?」 だがそう呟くのも束の間、すぐに一転して笑顔になり、 「ま、いっか。防げない攻撃をすればいいだけだもんね」 飛んだ。 それは文字通り、飛翔。月を背後に歪な翼が羽ばたく。本来皮膜のあるべき場所を飾るのは、煌びやかな宝石の翼。翼の形状に差はあれど、背に翼を背負った姿は数時間前に戦ったランサーと、実によく似ている。 (アーチャーとセイバーは知り合いだった……なら、ランサーとバーサーカーにも関係が……? って、のんびり考えてる場合じゃないか……!) 一瞬走りだした思考を打ち切り、凛は己がサーヴァントを呼ぶ。 「アーチャー!」 「はいっ!」 それだけで理解したのか、ランサーと戦った時同様アーチャーは靴から翼を生やし、凛の手を引いた。 「士郎さん、一旦下がります!」 「え? あ、ああっ」 セイバーもまた、士郎の手を掴んで無造作に宙へ舞い上がる。 それが一瞬でも遅ければ、焼死体が道路に転がることとなっただろう――否、消し炭すら残らなかったかもしれない。 空気を灼熱させ、何かが奔った。冬の空気は刹那の時間で沸騰し、士郎達のむき出した肌をちりちりと焦がす。 「……なによ、あれ」 凛が思わず呆然と呟いた。 眼下の地面が煮立っていた。アスファルトはタールと化し、熱が生む陽炎の中でバーサーカーが笑っている。その小さな手に握られたのは、目も眩まんばかりの魔力を煌々と放つ棒状――いや、剣を模った炎。 「AAAどころの魔力じゃない……あの子、とんでもない魔導師だ……」 セイバーが漏らした言葉は、僅かではあるが震えていた。 「で、でも……二人なら、きっと……!」 幼い顔に厳しい表情を浮かべるアーチャーだが、セイバーへ頷きかける。 それは、セイバーにとってはどんな援護よりも心強い、魔法の言葉。 「……うんっ」 強く頷くセイバー。アーチャーは親友へと笑いかけ、 「凛さん。あの子を……やっつけちゃいます!」 その可愛らしい言葉に、バーサーカーの強大さを目の当たりにして緊迫している状況のはずだと言うのに、凛は苦笑を隠せない。 「……ええ。やっちゃいなさい!」 「はい! ……ええと、まず凛さん降ろしますね。フェイトちゃん、士郎さんを」 「あ、そうだね……士郎さん、降ろしますけど、いいですか?」 「え? あ、ああ。頼む」 「じゃ……」 セイバーとアーチャーが、共にマスターと繋いでいた手を離した。降ろす、という言葉からまさか放り出されるとは思っていなかった士郎と凛は思わず悲鳴をあげてしまったが、 《Floater field》 地面に到達する寸前、多重に魔法陣が展開され、二人の身体を柔らかく受け止めた。 「詠唱も無しで……! く、アーチャーの癖に……」 落下制御はさして難しい魔術でないとは言え、詠唱も無しに行われてはやはり少々角が立つ。 「ねー、まだお話終わらないのー?」 会話が一段落したのを見たか、手にした炎剣をぶらぶらとさせながら、つまらなそうに呟く。ぶらぶらさせる、と聞けばのんびりとした響きだが、その度に切っ先が向けられた方に火線が走り、そこら中のものを灰にしていくのだから物騒極まりない。 「……待ってて、くれたの?」 呆然と問うアーチャーに、バーサーカーは笑って、 「一緒に遊んでくれるんでしょう? だったら、待つのは当たり前よ……でも、もう待ち飽きたわ」 炎剣が奔った。 本来の長さを大きく越え、地上で振り翳したにも関わらず灼熱が弧を描いてセイバーとアーチャーを襲う。 軌跡には羽毛の如き炎の粒が舞い、それすらも空気を蒸発させている。 迫り来る魔炎に対し、セイバーとアーチャーはまったく異なる回避行動を取る。 セイバーはマントを翻しながら、高速で上空へ、 対してアーチャーは袖やスカートを焦がされながらも、その場からほとんど動かずに、 それぞれ、飛来する魔炎を回避してみせた。 だが一振りで攻撃が終わるはずもない。 ニ閃、三閃と大気を焼き尽くしながら振るわれる炎剣は、最早射程外に離れたセイバーなどには目もくれず、未だ小刻みな機動で回避するアーチャー一人へと向けられていた。 轟音を巻き起こし、触れるもの全てを滅さんと暴れる炎だが、アーチャーを捉えることはない。 「すごいすごい! 害なす魔杖をこんなに避けるなんて、魔理沙以来じゃないかしら!」 振るいながら、バーサーカーが歓声をあげる。 本来であれば、こんな細かな回避行動はアーチャーの得意とするところではなかった。最大速度はともかく、動作そのものは比較的重めなのである。それが何故、これほど避け続けられているかと言えば、 「凄い魔法だね……でも一定のリズムで振り回してるんだから、それさえわかっちゃえば、そんなに難しくないよ!」 アーチャーの言葉どおり、レーヴァテインは無作為に、滅茶苦茶に扱われているわけではない。癖なのか、あるいはその軌道を描くことを約束された術式なのか、舞い散る火焔には常に隙間があるのだ。次に出来る隙間を見極め、動く。パターンが確立出来るならば、機動の重さもカバー出来る。 「って……自分からばらしてどうするのよ……」 誇らしげに言うアーチャーに、離れた場所の凛が飽きれたようにツッコミを入れた。 「……けど、レーヴァテインって、確か北欧神話に出てくるヤツよね。じゃあ、なに、あのバーサーカーは北欧神話に関係してるってこと……?」 「いや、あれは名前を借りてるだけで、単なる魔術だ」 続けて漏れた呟きに、士郎が断言する。 「なによ、やけにはっきり言うじゃない」 言外に込められた「へっぽこのくせに」という非難めいた響きに少し小さくなるが、 「ええと、その、なんて言ったらいいのかな。あの子が持ってる剣には、創造にまつわる理念がないって言うか……」 「……? なんで衛宮くんがそんなこと……っと、まあそれは後で聞きましょ。今はとりあえず、バーサーカーをなんとかしないとね」 言って、凛はスカートから宝石を取り出した。一体何をするのかと、士郎が訝しく思っている内に、凛はそれを投擲。 投じれらた黒曜石は魔弾と化し、愉しげに炎剣を振り回すバーサーカーへと殺到するが、 「?」 その気配を感じたのか、バーサーカーが空中のアーチャー達から士郎達へと視線を動かした。 だが遅い。 炎剣を大きく振り回した直後。炎剣ほどの魔力の塊ならば迫る魔弾を斬って捨てることも出来ただろうが、体勢が悪すぎる。このタイミングでは翼を用いて空に逃げることも不可能だろう。 「なにこれ、つまんない」 小さな呟き。 直後、魔弾が霧散した。 「抵抗された!?」 バーサーカーのソレと比べれば劣るとは言え、それでも凛が放ったのは一級に近い魔弾だった。それを軽々と無効化したバーサーカーに、士郎は驚愕するが、 「……違う」 「え?」 「抵抗したとか、防御したとかじゃない。……どんな能力よ。届く前に、術式を破戒……いいえ、そんな生易しいものじゃないわ。アイツ、わたしの魔術を破壊した……!」 その驚愕は凛の言葉によって更なる驚愕に塗り替えられる。 「魔術を、壊す……?」 「驚いてるみたいね。けど、そんなヘナチョコ魔術がバーサーカーに効くわけないじゃない」 士郎達の会話を聞きつけたのか、坂の上で眼下の戦いを愉しそうに見ていたイリヤが口を挟む。 「バーサーカーの能力は……ありとあらゆるものを破壊する程度の能力、なんだから。リンの魔術を壊すのなんて、呼吸するのと同じことよ」 「ねー、イリヤー」 主の声を聞き、バーサーカーが退屈そうな声をあげた。 「カード一枚だけ、なんて決まり、守らなきゃダメ? つまんないわ」 言葉と共に炎が収まり、彼女の手にあるのは捩くれた奇妙な杖となる。 「そうね……いいわ、バーサーカー。好きにしなさい」 主の許可に、バーサーカーは笑い、呟いた。 「"禁忌"――甘酸っぱい誘惑」 放たれる莫大な魔力。 それは一瞬で張り巡らされ、この場を支配する一つの法則となる。 「一体、何を……?」 「っ! ダメだ遠坂っ、動くな!」 「え?」 バーサーカーの呟きに身構えた凛の周囲に、煌く魔弾が生った。 「!?」 すぐ側にいる士郎には目もくれず、凛を押し潰すように動く魔弾。それを、 「っ。この……!」 左腕の魔術刻印を走らせ、即座に編み上げた魔術――身体の軽量化と重力調整――を以って身体を宙に舞わせて回避。 だが、 「動けば捕わる多重の罠――逃げられるかしら」 バーサーカーの愉しげな言葉が示すように、次の魔弾が凛の周囲に咲き乱れる。 数はけして多くない。両手の指で数えられるほど。威力も高くなかろう。先程展開した魔力の規模に反して魔弾一つ一つから感じる魔力は脅威足りえるほどのものではない。直撃したとしても成人男性の拳撃程度の威力だろう。 だが、当たれば不動でいることは不可能。一度当たり身悶えしてしまえば、空間に張り巡らされた魔力の蔓が次の魔弾を実らせる。 生きている以上逃れられぬ動くことへの渇望を誘惑と見做す、あまりにも、あまりにも甘酸っぱい誘惑。 「遠坂っ!」 「く――っ!」 空中からの落下。先程とは違い、迎えてくれるのは魔弾の渦だ。回避は不可能、咄嗟に防御魔術を編む凛だが、おそらくそう長くはもたないだろう。 「やらせないっ!」 湧き上がりかけた恐怖を、幼い凛々しい声が切り裂いた。 己の周囲に魔弾が実るのも構わず、アーチャーは杖を振り翳し術式を紡ぐ。 「リリカルマジカル、この魔法の基点を――探して、レイジングハート!」 《Area Search》 桜色の輝きが先端の宝玉から迸った。当然それに反応して魔弾が次々と生っていくが、 「バルディッシュ、防御を!」 《Round Shield》 アーチャーの側へと飛び寄ったセイバーが紡いだ防御魔術が、魔弾から二人の華奢な身を守る。 その煌びやかな応酬に、士郎は目を丸くしていた。 「これが――サーヴァントの戦い」 校庭で目撃したときは遠目だったし、セイバーを呼んだ時はそれほど激しい戦いではなかった為実感が湧かなかったが、こうして目の前で展開されては嫌でも信じざるを得ない。この少女達は、如何に見かけが幼かろうと人間とは桁違いの高みに存在しているのだ。 「……見つけたっ!」 《Divine shooter》 アーチャーが言葉にするより早く、レイジングハートはその願いを感じ取って桜色の魔弾を生成する。赤い宝玉から生まれた魔弾は数にして六。 「シュートっ!!」 アーチャーの叫びに応え、魔弾が宙を切り裂き奔る。目指すは、先程の輝きに捉われた空間。一見何も無いように見えるが、複雑な術式が息づいているのが、魔術師であれば見て取れるだろう。 次々と貫かれる術式を見て、バーサーカーは別に落胆したような様子もなく、しかしつまらなそうに、 「ぶぅ、なんで防いじゃうの。弾幕りあうって言うのは、そういうことじゃないでしょ」 そんな言葉を漏らす。なおもつまらないと言い募るバーサーカーだったが、聞き慣れない音を耳にして口元を綻ばせた。 風で散らされたのか、いつの間にか空には雲ひとつ無い。 だが、この場に響く音は、明らかに雷鳴だった。 空を仰げばそこに、 「…………」 黒杖をかざし、雷光を纏う黒い少女の姿がある。 「降り来たれ……」 片手に浮かぶは魔法陣。それを、セイバーはバーサーカーへと投擲。直後黒杖をバーサーカーへと構える。 「闇を貫く雷神の槍っ!!」 言葉と同時に放たれしは、螺旋に絡まる雷光だ。 雷の属性を持った魔弾は、少なくともセイバーが知る限りの魔弾の中では最速を意味する。 迅雷一閃。 闇を白く染める光がバーサーカーを貫かんと奔った。 対するバーサーカーは不動。避ける素振りも、防ぐ素振りも見せない。もっとも、バーサーカーがイリヤの言うような能力を本当に有しているのなら、そんな必要などないわけだが。 やはり、と言おうか。雷光の槍はバーサーカーを穿つ前にふっと掻き消える。 その光景に、驚きよりも嫌な予感をおぼえたのは、士郎一人だった。 言葉に出来ない感覚に突き動かされ、士郎は咄嗟に隣に立つ凛を突き飛ばしていた。 「な……!? え、衛宮くん、なにを……っ!?」 瞬間、虚空から噴出する金色の輝き。 見間違うはずも無い。それは、一瞬前までバーサーカー目掛け奔っていたセイバーの魔術に他ならない。 ぐらりと、士郎の身体が揺れ、 「衛宮くんっ!」 「士郎さん!」 少女達の悲鳴じみた呼びかけが、果たして届いただろうか。 奇妙なことに、その光景に呆然としているイリヤの姿を捉えて、士郎の視界は闇に閉ざされた。 |