「ええっ、じゃあクロノくんとは兄妹ってことなの?」
 夜の街に、少女の声が響く。
「う、うん。クロノも、か、義母かあさんも優しいし、艦のみんなもよくしてくれてる」
「そっかぁ……うんうん」
「……でも、おかしいね。私、なのはにはそのこと伝えてるのに……」
「うーん、私もよくわからないの。フェイトちゃんとアルフさんの記念日にパーティーをやったでしょ? そのあたりのことはちゃんと覚えてるんだけど、なんでここに呼ばれたかとか、全然」
「そうなんだ……召喚されるタイミングがずれたってことなのかな……どういうことなんだろう」
「どうなんだろうね……? 凛さん、なにかわからないですか?」
「…………」
「凛さん?」
 無邪気に見上げてくる己がサーヴァントに、凛は額を押さえため息を吐いた。
「遠坂? どうかしたのか?」
 すぐ脇を歩く士郎が心配げに尋ねてくるが、今の凛にとってはそれも頭痛の種の一つだ。
「……そりゃ、自分のサーヴァントが真名丸出しで別のサーヴァントと仲良くしてればため息の一つも出るわよ……」
 イレギュラーだらけで、ここまでくるとむしろ笑った方が気が楽かもしれないが、今まで聖杯戦争に勝ち残る為に研鑽を積んできた凛である。この状況を笑うと言うのは自己否定に近い。
「え……ええと、それは」
 一応アーチャーもサーヴァント同士は互いに戦うものだ、ということは理解している。だがセイバーは大切な親友なのだ。一度は刃を交え競い合った相手ではあるが、和解を果たした今となっては戦う気など起こりようもない。
「……気にしないで、アーチャー。今の状況はもう、わたしの知る聖杯戦争とは完全に別物よ。今更貴女にセイバーと戦え、なんて言わない……ただ、ちょっと気持ちの切り替えが出来てないだけ。アーチャーのせいじゃないわ」
 アーチャーの頭をぽんぽんと撫で、どこか投げやりに凛はそんな言葉を紡ぐ。
「けど、そんなに今の状況ってオカシイのか?」
 事情を知らない士郎の疑問に、凛はぎろりと殺気すらこもった視線を向け、
「さっきも言ったでしょ? アーチャーにしても、衛宮くんのセイバーにしても正規の英霊じゃないわ……フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、だっけか、セイバーの真名は。聞いたことある?」
「いや、ないけど……」
「しかもアーチャーと同郷。ってことはこの世界のモノかどうかも怪しいのよ……ほんとに、どうなってるのかしら」
 凛に遠慮したのか、若干声を落として、だが楽しげにお喋りする背後のサーヴァント二人にちらりと目をやって、凛はまたため息を吐いた。
「ところで遠坂、一体何処を目指してるんだ? 方向考えると……ひょっとして、新都?」
「そうよ。教会の神父が聖杯戦争の監督役だって、言ってなかったっけ?」
「言ってない。……って、教会って丘の上にある孤児院だったところか?」
「あら、知ってるなら話は早いわね」
 にこやかに頷く凛。
「ちょっと待て。あそこまで歩いてどれくらいかかると思ってるんだ」
「ん? そうね……まあ一時間、アーチャー達の足に合わせたらもうちょいかかるかしら」
 なんでもないことのように言う凛に、士郎は顔を顰めた。
「……あのな遠坂。この子達をそんな長い時間歩かせるのも問題だし、それ以前に女の子が夜道を歩くってのは危ないだろ。最近物騒だって言うし、もしものことがあっても責任取れないぞ、俺」
 真剣な士郎の言葉に、凛はぷっと小さく吹き出す。あまりの反応に流石の士郎も顔が険しくなるが、
「ご、ごめんごめん。……あのね衛宮くん、いくら小さな女の子に見えても、アーチャー達はサーヴァントよ? はっきり言って並の人間じゃ百人がかりでもどうにも出来ないわ」
「あ」
 言われて見れば確かに。ランサーと空中戦を繰り広げていた様子を思い出す。それほど長い間見ていたわけではないが、それでもその人間離れした機動と能力は十分理解できた。
「? なんのお話ですか?」
 自分のクラス名が話題に出ていたからか、アーチャーが会話に入ってくる。
 凛は苦笑しながら、
「ん、別に大したことじゃないわ。痴漢とかが出たら、衛宮くんが守ってくれるんだって」
「え……ち、痴漢さんとか、出るんですか……?」
 一笑にふすかと思えば、意外にも不安げな反応。
「……ひょっとして、不安?」
「え? は、はい。それはもう」
「……なんでよ」
 げんなりとした凛のやる気のない問い掛けに、
「だ、だって、普通の方相手に魔法は使えませんし……」
 困り顔で不安そうなアーチャー。
「……ちかんって?」
 一方セイバーは痴漢という単語そのものを知らないらしく、首をかしげている。
 その反応に、凛は細い肩をますます落とした。
 最初出会った時こそ、それらしい戦闘着を纏っていたセイバーだが、普段着との換装が一瞬で出来るらしく、今は金砂の髪を桜色のリボンで結び、飾りのリボンが可愛らしい黒いワンピース姿。若干寒そうではあるが、アーチャー同様見かけは疑いようもない小学生の女の子である。
「……ま、いいわ」
 最後に大きなため息を一つ吐いて、凛は気持ちを切り替えた。切り替えられているかは微妙なところだが、とりあえず切り替えた心構えである。
「……っと、衛宮くん? そっち、道が違うんじゃない?」
「新都に出るんだろ? なら、こっちが近道だ」
 どうも女の子と肩を並べて歩く、というのは抵抗がある。足早に士郎は横道へ入った。サーヴァント二人は勿論の事ながら、凛も特に文句は言わずついてくる。
 しばし人間二人が無言で歩く内に、川縁の公園へと出た。
 思わぬ抜け道に凛が感心し、サーヴァント二人は水際の公園と言う思い出の場所に似た光景に、ちょっと照れくさい想い出を脳裏に浮かべてしまい頬を赤らめる。
「あ……そう言えば、二人とも大丈夫か? 暗くて物騒かもしれないけど、ベンチとかあるしちょっと休む?」
 橋へ向かいかけた士郎だが、いい加減三十分ほど歩いていることを思い出した。自分は全然平気だが、小学生の女の子には少々辛いかもしれない。
「私は大丈夫ですけど……なのはは?」
「うん、私も平気。不思議と全然疲れないの」
 公園の街灯に照らされた顔は、じっと見ても実際に疲れの色は見えず、虚勢を張っているわけではないらしい。
「そっか。じゃ遠坂、こっから先は任せた」
 橋を渡り、先導は士郎から凛へと代わる。
 いまだ開発の続くオフィス街を抜け、古い街並みが残る郊外へ向かう。やがて道はゆるやかな登り坂に。
 次第に周囲の建物は減っていき、斜面に作られた外人墓地が目に入ってくる。
「ここを真っ直ぐ行くと目的地。一度くらいは行ったことがあるんじゃない?」
 振り返りながらの凛の言葉に、
「いや、あるってのは聞いてたけど、行くのは初めてだ」
「そっか。じゃあ気を引き締めなさい。あそこの神父は碌なもんじゃないんだから」
「碌なもんじゃないって……神父さんなんだろ? そりゃ聖職者がみんな聖人とは限らないけど」
 士郎がよく知る坊主、柳洞一成の父親など確かに立派な人物だがヤクザの親分と旧知の仲だったりで、坊さんとしてはどうよ、と思わないでもない。
「神父って言ってもエセみたいなものよ。なにせわたしの兄弟子だしね」
「兄弟子……? ひょっとして、魔術のか!?」
 士郎が驚くのも無理はない。本来魔術師と教会は相容れないものだ。奇跡とは神と選ばれた聖人によるものであるべきであり、それ以外の者が使うなどとはもってのほか、それゆえに魔術師協会と聖堂教会は表向き平穏を保っているが、握手しているのとは別の手でナイフを握り、お互いを刺し殺そうと機を狙っている、というような関係なのだ。
「ひょっとしなくても、そう。神父って言ってももとは代行者だしね。ついでに言えばわたしの後見人でもあるわ。もう十年来のつきあいになる」
 目を丸くしていた士郎だが、代行者との言葉を聞いて一応納得する。神意を代行する者達にとっては、魔術の使用すら異端であれど禁忌になりえない。
「っと、悪いけどアーチャー、ここで待っててくれる? それと衛宮くん、できればセイバーも待たせておいて」
「? なんでさ」
「……理由は上手く説明できないけど、ちょっとね。嫌な予感がすると言うか」
「ふぅん……まあ、遠坂が言うなら、確かなんだろ。じゃあ、悪いけどセイバー、ちょっと待っててもらえるか?」
 少女達が頷くのを見て、士郎と凛は教会の重々しい扉を押し開けた。
 瞬間、
「っ」
 あまりにも禍々しい気配が、二人を包んだ。
 うっすらと漂う異臭は果たして何から発せられているのか。臭いは不快と言うだけではない、理由不明の悪寒が二人を襲う。
「……ゴ、ゴミでも溜めてるのか……?」
「……妙ね。そんなことするようなヤツじゃないんだけど」
 知らず知らず、凛の手がポケットへと伸びていた。数は少ないが、魔弾となる宝石をいくつかそこに潜ませている。士郎もまた、なにが現れても咄嗟に反応できるように僅かに身構える。
「そう言えば遠坂、ここの神父さんってなんて名前なんだ?」
「言峰綺礼、よ。父さんの教え子で、さっきも言ったけど十年以上顔をつき合わせてる腐れ縁……出来れば一生会いたくないタイプだけどね」
「同感だ。私も師に敬意を払わぬ弟子など持ちたくなかった」
 突然響く足音と、重苦しい声。
 祭壇の裏から現れたその男の姿に、知らずに足が一歩退いていた。
「再三の呼び出しにも応じぬと思えば、男連れで現れるとは驚いた。どうした、凛。聖杯戦争など捨てて、その少年と駆け落ちでもする気かね」
「……アンタが軽口なんて叩くの、初めて見たわ、綺礼」
「……く。いやいや、少しばかり気分がいいのでな。とは言え、慣れぬ冗談は言うものではないか。……となると、その少年が七人目か」
「そうよ。魔術師としても素人もいいとこだから、一からしつけてあげて。得意でしょ? そういうの」
「ふむ」
 凛のなにやら物騒な言葉に言峰は小さく頷くと、祭壇を回りこんで士郎の正面までやってきた。
 頭一つ分以上、士郎よりも上背がある。だが、言峰から感じる威圧感は身長差だけが原因ではないだろう。息が詰まりそうな圧迫感を、士郎は言峰から感じていた。
「まずは礼を言おう、少年。よく凛を連れてきてくれた。君が現れねばアレは最後までここを訪れなかっただろう。私はこの教会を預かる言峰綺礼という者だが……君の名はなんというのかな、七人目のマスターよ」
「……衛宮士郎だ。けど、俺はマスターなんて」
「――衛宮」
 威圧感に負けまいと、視線に力をこめて名乗りをあげた士郎だったが、言峰の呟きに思わず口を閉ざしてしまう。
 言峰から感じていた威圧感が、その瞬間例えようの無い悪寒に取って代わられた。
 言峰の口元が笑みに歪む。
 それは、見るだけで眩暈を起こすような――
「……では衛宮、簡単ではあるがこの聖戦のルールを説明しよう」
 笑みは束の間。すぐにもとの重々しい、遊びの無い表情に戻る。その変化に、士郎もなんとか自分を取り戻した。言峰をほとんど睨むように見ながら、言葉に耳を傾ける。
 言峰は語る、何故サーヴァント同士が殺し合うのか。聖杯戦争とは如何なるものなのか。
 そして、士郎の心に焼きついた傷の原因――士郎が"衛宮"の名を得ることとなった十年前の災害もまた、聖杯戦争によって引き起こされたのだということを。
「私から話せることは以上だ。さて、衛宮士郎――君は、どうする?」
「…………」
 表情こそ不動だが、言峰は嗤っている。士郎の苦悶が楽しいのか、心の底から愉しんでいる。
 答えに間があったのは、迷ったからではない。言峰のその態度が気に食わなかっただけだ。
 だから、
「――戦う。十年前の火事の原因が聖杯戦争だっていうんなら、俺は、あんな出来事を二度も起こさせる訳にはいかない」
 その答えが気に入ったのか。言峰は再び口元を釣り上げた。
「それに、あんな子達を戦いに放り出すわけにもいかないからな」
「……あんな子?」
 士郎の呟きを耳ざとく言峰が聞きつける。答えようとした士郎の爪先を凛がさり気ない仕草で踏みつけた。
「っ!」
「それで綺礼、一つ質問していいかしら?」
「かまわんよ。これが最後かもしれんのだ、大抵の疑問には答えよう」
「それじゃ遠慮なく。綺礼、あんた見届け役なんだから、他のマスターの情報ぐらいは知ってるんでしょ。こっちは協会のルールに従ってあげたんだから、それぐらい教えなさい」
「それは困ったな。教えてやりたいのは山々だが、私も詳しくは知らんのだ。衛宮士郎も含め、今回は正規の魔術師が少ない。私が知りうるマスターは二人だけだ。衛宮士郎を加えれば三人か」
「あ、そう。なら呼び出された順番なら判るでしょう。仮にも監視役なんだから」
「……ふむ。一番手はバーサーカー。二番手はキャスターだな。あとはそう大差はない。先日にアーチャー、そして数時間前にセイバーが呼び出された」
「――そう。それじゃこれで」
「ああ、宣誓がまだだったか――衛宮士郎の戦意の確認を以って、この度の聖杯戦争は受理された。――これよりマスターが残り一人になるまで、この街における魔術戦を許可する。各々が自身の誇りに従い、存分に競い合え」
 それはなんの効力も持たない宣言。事実この宣誓の前に、ランサーとアーチャーはやりあっている。
 言峰も勿論自覚しているだろうが、彼は自分の役割を果たしたに過ぎない。
「ちょ、と、遠坂……!」
 士郎が凛の袖を引いた。だが凛は振り向いて、
「質問なら後で受け付けるわ。黙ってなさい」
 ぴしゃりと言い放つと、再び綺礼と向き合う。
「……それと、これは聖杯戦争とは関係ない疑問なんだけど」
「……ふむ。質問は一つではなかったかね?」
「質問じゃなくて疑問よ。……この臭い、なに?」
 射殺さんばかりの視線だが、言峰は意に介した風も無く、
「近所で野良猫が轢かれていたのでな。御許へ向かえるように祈ったまでだ。見つけるまでに腐敗していたからか、少々臭いが残ったようだな」
「……ふん。エセ神父のくせに、珍しい真似するのね……行くわよ、衛宮くん」
 言って、凛は別れの挨拶もせずに言峰に背を向けた。
「あ……お、おい遠坂!」
 士郎が呼び止めるのも聞かず、ずかずかと歩き、結局礼拝堂を出て行ってしまう。
 ため息を吐きかけ、
「っ!?」
 背後に気配を感じ、咄嗟に振り向いた士郎を、言峰が無言で見下ろしていた。
「な、なんだよ……まだなにか話があるのか?」
 言いながらも、無意識の内に足が後ろに下がってしまう。
 妙な威圧感のせいだけではなく、士郎は言峰に苦手意識をこの短い時間で抱いていた。相性が悪い、あるいは肌に合わないとでも言うべきか。どうにも相容れないと、さして知りもしないのに思ってしまう。もっとも、その印象はおそらくどんなに長いつきあいであろうとも変わらない、という直感もあるのだが。
 用がないなら帰る、そう啖呵を切ろうとした矢先に、
「――喜べ少年。君の願いは、ようやく叶う」
 明らかに愉悦を含んだ声で、言峰は神託を下すかのように言葉を紡いだ。
 瞬間、全身が凍る。
「――な」
 心の奥底が警鐘を鳴らす。その言葉を聞くな、意味するところを考えるな、と。
 それは衛宮士郎を崩壊させかねない、呪いの言葉だ。
 硬直し、脂汗すら流す士郎を愉しげに見ながら、
「……ふ。最後に忠告しておこう。帰り道に気をつけるがいい。君は既に殺し、殺されることが当然の世界へと足を踏み入れたのだからな」
「…………」
 頷きもせず、言峰の視線を振り切るように、士郎は礼拝堂の外へと飛び出した。
 外は風が強い。冬の冷たい空気が風に乗り頬を刺すが、その痛みはむしろ今は心地いいくらいだった。
「衛宮くん? どうしたの、顔色悪いわよ」
「……なんでもない。それより遠坂、なんで黙ってたんだ」
 セイバーとアーチャーと並んで士郎を待っていたらしい凛の元へ駆け寄り、疑問を口にする。
「ああ、そのことね」
 事前に言っていたことと違う。だと言うのに、凛はなんでもないことのようにさらりと髪をかきあげながら、
「ちゃんと説明するわよ。それより、とりあえずここを離れましょう」
 なんて言って、一人すたすた先に行ってしまう。
「ああもう、勝手なヤツだな……!」
 文句をつぶやきながらも、士郎は凛に従った。サーヴァント二人も続く。
「それで、どうしてこの子達のことを聞かなかったんだよ。本来なら神話に登場するような英雄が呼ばれるんだろ、サーヴァントって」
「ええ。聖杯戦争がそういう風にシステム化してるんだから、それが当たり前……綺礼もそう言ってたでしょ」
「ああ」
「なら、なんで綺礼はそのシステムに異常が起こっていることをわたし達に伝えなかったの?」
「それは……異常が起こってることに気づいてない、とか」
 楽観的な考えを口にした士郎に、凛は呆れた視線を向け、
「サーヴァントの出現順を把握してるようなヤツよ? こんな根本的な異常を察知できてないはずがないわ」
「……けど、それじゃなんでアイツは異常を黙ってたんだ?」
「可能性は幾つか考えられるけど……とにかく、この子達のことを黙ってたのは、その為よ。下手に綺礼に情報を与えたくないわ……もっとも、衛宮くんがあの子達、なんて言うからある程度のことは想像されるかも。逆に的外れなことを想像してくれればありがたいけど……」
 立ち止まって、凛はしばらく考えるような素振りを見せる。だが、それも束の間、
「……ま、とりあえず綺礼のことは置いておきましょ。それで衛宮くんは、戦う気になった、そう思っていいのね?」
「……ああ。けど、それはこんな馬鹿馬鹿しい戦いを止める為だ。別に俺は聖杯なんて欲しくないしな」
 頷く士郎に凛は深いため息を吐いた。
「はあ……本来の聖杯戦争なら、そんな馬鹿げたことを言ったら自分のサーヴァントに殺されるわよ? ……で、特に異論がないってことはセイバーもアーチャーと同じで、別に聖杯なんか求めてないってことかしら?」
 突然話を振られ、少しびっくりしたような様子のセイバーだったが、頷いて、
「はい。どうして私がセイバーなんて呼ばれるモノになったのかはわかりません……けど、誰かを傷つけて望みを叶えよう、なんて考えをしている人がいるのなら、私はそれを止めたい……!」
 幼い声に宿るのは、強い強い意志だ。
 隣でアーチャーが頷くのを見て、凛は今度は小さなため息。
「まったく、こんなことの為に修練を積んできたわけじゃないんだけどね……いいわ。その方向で行きましょ」
「え?」
「だから、無差別に戦う連中を止める為に戦う。そう言ってるのよ。本来の聖杯戦争ならともかく、こんな滅茶苦茶な状態、余所者の魔術師が冬木に来て好き勝手する口実を与えてるだけみたいなものだわ。冬木の管理者セカンドオーナーとして、そんなこと認められないしね」
「――そっか、やっぱ遠坂はいいヤツだ」
「……なによ、おだてたっていいことないわよ」
「おだててなんていないさ。それに、遠坂がやっぱりいいヤツだってわかって安心したってのは、いいことだぞ、きっと」
 言って、うんうんと頷く士郎に向けた眼差しは、呆れというよりは多分に照れを含んだものだった。
「ふふ……なんか、凛さんって私のお友達によく似てます」
 笑顔のアーチャーがそんなことを呟く。
(意地っ張りだけど、凄く正々堂々してるなんて言ったら、怒られるよね、きっと……)
 そう思っていたことは口にしないでおく。
 周囲は外人墓地で寒々とした光景ながら、四人を包むのはどこか温かな雰囲気。
 それを、

「――ねえ、お話は終わり?」

 幼い声が凍結させた。
 声は歌うような調子で、けして恐ろしいものなどではない。
 だが直感する。空気そのものが変質したことを。
 坂の上に視線を向ければ、いつしか晴れていた雲の下。煌々と輝く月に照らされ、二人の少女が立っていた。
 一人は、士郎がつい先日すれ違った銀髪の少女。
 そして、もう一人、
「なによ……アレ……」
 乾いた声が凛の口から漏れる。
 見た目は、アーチャーやセイバーよりもさらに幼い少女。柔らかそうな金髪、細い肩、隣の銀髪の少女同様、悪戯っぽい表情が浮かんだ顔は、それ自体には如何なる脅威も存在しないと言うのに。
 心臓を直接握られているかのような、あまりに強大なプレッシャー。
 その感覚を、何時間か前にも味わった。
 ――そう、あれはランサーと対峙したときの感覚。
 少女から感じる禍々しさは、ランサーのそれと同じだ。つまりそれは、金髪の少女もサーヴァントと呼ばれる人外の存在であるからに他ならない。
「こんばんは、お兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」
 微笑みながら言う少女。
 士郎に答える余裕はない。銀髪の少女の隣にいるクラス不明のサーヴァントに気圧されている。返事がないのが不満だったか、銀髪の少女は一瞬むくれるが、すぐに気を取り直し、行儀よくスカートの裾を持ち上げ、この場にはとんでもなく不釣合いな丁寧なお辞儀をする。
「わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えば、貴女にはわかるでしょう、リン」
「アインツベルン――っ」
 己の家と並び立つ旧い家系の名乗りに、凛の身体が揺れる。それを見て、イリヤは満足げに笑い、
「ああ、挨拶が遅れてしまったわね。はじめまして、リン。……そして、さようなら。やっちゃえ、バーサーカー」
 瞬間、百に迫る数の魔弾が坂の下へと降り注いだ。

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