「……フラン」
「え?」
 同盟を結んだ以上、互いの情報はある程度オープンすべきだろう、との意見のもと、バゼットはライダー、そして士郎達がバーサーカーとの戦闘がいかなるものであったかを公開し合い、士郎達の話が終わった直後ランサーの口から漏れた呟きが、聞きなれない名前のようなものだった。
 疑問も露にランサーへ視線が集まると、鬱陶しそうにしながらも、
「フランドール・スカーレット……バーサーカーの真名よ」
「スカーレットって……じゃあ」
「ランサー。貴女の縁者、と言うことですか」
 マスター達は唖然とするが、ランサーは悠然と紅茶を口にしながら、呆れたような眼差しを返した。
「そんなに驚くこと? ソイツらだって知り合いだったんだから、私の関係者がサーヴァントなんてものになっていても、おかしくはないでしょ」
 言及されたセイバーとアーチャーが顔を見合わせ、寄せられる視線に気づき、二人揃って赤面する。
「それじゃあ、なに? 今回のサーヴァントは全員アーチャー達かセイバーの知り合いかもってこと?」
「さてね。少なくとも、あの黴臭いヤツのことなんて知らないわ」
 微かに漂っていた臭いと、明らかにこちらを見下げた瞳を思い出し、知らず知らずランサーの眉がきりきり釣りあがる。次会ったらただではおかない。内心そう思いながら。
「セイバー達はどうだ? ライダーの姿に聞き覚えは?」
「黒尽くめの格好ってところはクロノくんにちょっと似てるかもだけど……」
「似てるの……色だけ、だね」
「そ、そだよねぇ」
 流石に呆れた突っ込みを親友にされ、アーチャーは照れ笑い。
「となると、全員知り合いってことはないか……」
「ですが、一応参考までに他のクラスに該当しそうな知り合いがいないか。聞いておいて損はないでしょう」
 バゼットが士郎の言葉を継ぎ、己がサーヴァントへ視線を向ける。
 やはりランサーは面倒そうに――当然だ。相手が誰であろうと対策を立てる必要など無い。自分は強いのだから――、
「他のクラスってのは魔法使いキャスター暗殺者アサシン? そいつは難しいね。幻想郷じゃ魔法は誰もが使えるようなものだし……暗殺、なんて馬鹿げたことは誰もしないよ」
 なにしろ妖怪幽霊が当たり前のように跋扈するような環境だ。人外は当たり前のように妖術魔術を行使するし、数少ない人間は生き延びるに値する能力を持ったものばかり。ランサーが友人と認める巫女や魔砲使いなども多数の術を使いこなす。
「……特に魔術が得意なヤツとかいないの?」
 凛の問いに、ランサーはしばらく考えて、
「……まあ、パチェか魔理沙かしら。と言っても、知り合いの範疇でだから……私の知らないヤツだって、幻想郷にゃゴロゴロしてるからね」
「ふむ……まあ、参考にはなる、といった程度ですね」
「なによ。答えてやったのにその態度はないんじゃない?」
 ぎろりとバゼットを見上げるランサー。慌てて士郎が仲裁に入り、ランサーはつまらなさげにまたそっぽを向いてしまう。
「セイバー達はどう? キャスターやアサシンに該当しそうな知り合いはいない?」
魔導師キャスターってことは……ユーノくんとか、クロノくん?」
「シグナム達は……魔導師としての側面は薄いから……そうなると義母さん……それに母さんも、そうなるのかな」
「プレシア、さん……」
「……うん」
 セイバーと彼女の実母の関係は、なかなかに複雑だ。全貌を知らないまでも、その一端を知るアーチャーが心配げな眼差しを向けるが、セイバーはその視線に穏やかに微笑んでみせる。
「ちょっと、二人で分かり合ってないでわたし達にも説明してもらえる?」
 苦笑しながらの凛の言葉に、二人でごめんなさいをしてから、
「私の母さん……プレシア・テスタロッサは強大な力を持つ魔導師です。キャスターってクラスに該当する能力はあるし、それに……」
 その事実は、流石に口にするのは辛いのか。一度言いよどんでから、しかし然程暗くならずに、
「叶えたい願いが、ある。その点で、聖杯に願いを持つ人がサーヴァントになるのなら、母さんがキャスターになってる可能性はあると思います」
「……とは言え、サーヴァントシステムがエラーを起こしていると思われる状態で、聖杯に願いを持つことがどれだけ意味を持つかは微妙なところですね。実際、ランサーも貴女達も聖杯にかける願いはないのでしょう?」
 バゼットの否定意見に、セイバーは微笑み、
「そうですね。……勿論、母さんと戦うなんて嫌だ。私の知る人がキャスターなら、兄さんか義母さんだったらいいな。二人とも、無闇に戦ったりしない人だから」
 それは、もしもキャスターとしてプレシア・テスタロッサが召喚されているならば、聖杯を手に入れるために全力を尽くすだろうと言う意味でもある。
 その言外の意味には誰も追及せず、
「とりあえず、セイバーの母親以外は貴女達みたいなタイプ、と。ランサーの知り合いの方は? ええと、パチェ」
「パチュリー」
 凛の言葉をランサーの幼い声が遮った。
 一体何事か、とランサーを見る凛を睨み返し、
「パチュリー、よ。パチェをパチェと呼んでいいのは私だけ」
「……あ、そう。……で? そのパチュリーと魔理沙ってのはどうなの? 貴女みたいなタイプ?」
 理由の説明も無しの命令に、流石に凛の口調も刺々しくなる。もっとも、態度が気に食わないらしく凛の対ランサーの口調は常に棘だらけだが。
「そうねぇ……パチェは面倒くさがりの上に病弱だから、そう好んで戦うとは思えないわ。魔理沙は……どうかしら。好奇心だけでなんにでも首を突っ込むから、意外に楽しそうに戦いを仕掛けてくるかもね」
 冷めかけた紅茶で唇を湿してから、
「すっきりしたヤツだし、人間らしいヤツだから……やるなら真正面から仕掛けてくるわよ」
「……少なくとも、無関係の人々を巻き込むようなことはしないってことだな」
 士郎の安心したような呟きに、大儀そうに頷いてみせる。
「なんにしても、知り合いだと仮定するとそうおかしな連中は出てこないか……セイバーの母親でないことを祈るばかりね」
「もっとも、強い願いを持つ、という意味ではセイバーの母親が一番可能性がありそうですが……まあ、既に判明している相手のことを考えるのが先決ですね」
「そうね。今のは参考意見として覚えておくとして……問題はイリヤスフィールのバーサーカーと、慎二のライダーか」
 事前に情報を得ておくのは戦いの基本だが、今の時点ではキャスター、アサシンに関しては想像しか出来ない。セイバーとアーチャー、ランサーとバーサーカーが知り合いだった以上、他の知り合いもサーヴァントとして呼ばれている可能性はあるかもしれないが、その考えに固執するのも危険だ。ある程度の可能性、と割り切ってバゼットは話題を転換し、凛もそれに乗る。
「ねえ士郎。貴方、本当にイリヤスフィールと面識ないの?」
「そう言われてもな……さっきも言ったけど、この間すれ違っただけだ。お兄ちゃん、なんて呼ばれる覚えはないぞ」
 実際、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンなんて長い名前の妖精じみた少女と、魔術を知るとは言え一介の学生に過ぎない自分にどんな関係があると言うのか。
 凛も元から望み薄と思っていたのか、特にがっかりしたような表情も見せずに、
「そうなると、やっぱりまずは慎二を当たるべきかしら……基本スタイルはキャスターっぽく、マスターを強化する能力に長けていて、宝具は突進力のある何か、と」
「ちょっと待ってくれ、遠坂」
 指折りライダーの能力を挙げていた凛の言葉を、士郎が遮った。ストップをかけた凛にではなく、バゼットの方を向いて、
「……バゼット、ライダーが人を襲っていたって言ってたな」
 問う。
 それは、バゼットがライダーと交戦した理由だった。
「ええ。路地に妙な気配を感じたので。覗いてみれば、ライダーが一般人から精気を吸おうとしている場面でした」
「……慎二はそれを止めなかったのか?」
「……? 士郎君、一体何を……?」
「だからっ、つまり、ライダーが勝手に」
 慎二の意思を無視して、普通の人から精気を奪おうとしていたのではないか。
 続けてそう言おうとした士郎の言葉は、幼い笑い声によって遮られる。
 誰だ、と問うまでも無い。
 くすくすと笑うランサーは士郎へ侮蔑を込めた視線を向け、
「人を見る目がないねぇ。アレは救いようのない屑だよ。無抵抗の他者を傷つけて喜ぶタイプだね。黴女が勝手にやった? は、馬鹿は休み休み言うことね」
「そんな……だって、慎二は」
「成る程。士郎君は友人であるライダーのマスターを信じたいのですね」
 士郎とて慎二が調子に乗りやすいタイプだと言うことは理解している。だが、同時にそれなりに責任感が強い面があることも知っているし、今までの当たり前の少年の顔を知っている――否、それしか知らないのだ。いかに魔術師の家系で、聖杯戦争という異常に巻き込まれたとしても、平然と一般人を害せるとは思えない。
「……アイツだって混乱してるんだ、きっと。疑心暗鬼になって、自分以外全部敵に見えてるんだと思う。だから」
「なに、士郎。ひょっとして、慎二を説得させろ、とか言うんじゃないでしょうね」
 ぎろりと凛に睨まれるが、士郎は怯まず、
「ああ。慎二だって悪い奴じゃない。話せばわかるさ」
「臆病さが、時に人を傷つけることもある……私も、賛成です」
「わ、私も。まずお話するべきだと思いますっ」
 凛へと真っ直ぐ視線を返し、主張した士郎にセイバーとアーチャーが賛同する。
「……どうします、凛?」
「私としてはとっとと令呪を剥奪して記憶も消してやりたいところだけど……」
 ちらりと士郎を見れば、口にこそ出さないが表情が全力で反対していた。
 凛はため息を吐き出し、
「……いいわ。それで士郎の気が済むのならね。ただし条件が二つ」
 ぴ、と指を立てて続ける。
「一つは、話し合いの際には必ずセイバーを同行させること。二つ、結果がどうあれわたし達に正直に伝えること……守れる?」
「ああ、それくらいなら。……とりあえず、明日学校で会うのが手っ取り早いか」
「けど、この状況で学校なんか来るかしらね……そもそも、ランサーの魔術で派手に校舎壊れてない? 下手すると休校かも。まあ、相手の陣地に踏み入るのも厄介だから、訪ねるわけにもいかないでしょうけど」
「ところでバゼット。そろそろ退屈なんだけど、どうにかしなさい」
 士郎と凛の会話をまるで無視して、ランサーが傲然とバゼットへ命じる。
 それにバゼットは眉をひそめ、
「そんなことを言われても困ります……普段貴女は何をして暇を潰していたのですか?」
「別に何も。そう、別に何か面白いことを用意しろって言ってるわけじゃないのよ。ただ、まわりでお喋りされるのも苛々するの。くだらないお喋りはもう厭きたわ。うだうだ話してないで動いてから喋りなさいよ、とろくさいわねぇ」
「な……!」
 それは、あまりにも我侭な意見だ。世界は己を中心に回っているとでも言いたげな――そして、事実ランサーに問えば「当たり前じゃない。それがどうしたの」と返事がくることだろう――態度に、当然の如く凛が爆発する。
「あ、あんたねぇ! 考えも無しに突っ込んで、それでどうにかできるとでも思ってるの!?」
「思ってるわよ? 脆弱な人間風情と一緒にしてもらいたくないね」
 勿論逆らわれることになれていないランサーは、不機嫌な眼差しで凛を睨みつけた。
 一触即発。
 そんな凛とランサーの間に、
「……じゃあランサー。私と、チェスでもしようか?」
 割って入ったのはセイバーだった。
 意外な提案に、にらみ合っていた二人はおろか士郎やバゼットも目を丸くする。
「……チェス?」
「うん……わかる?」
「当たり前じゃない」
 特に得意ではないが、一通りの指し方は理解している。
「最近はまってるんだけど、アースラじゃリチャードくらいしか相手にならなくて……よかったら、一局どうかな」
「……ふぅん、自信ありそうじゃない。いいわ、さっさと用意しなさい」
「……あの、士郎さん。悪いんですけど、チェス盤は……」
「え? あ、ああ。確か土蔵にあったかな。藤ねえがどっかから拾ってきたヤツ。ちょっと待ってな、今持ってくるよ」
「あ……手伝います」
 剣の主従が揃って出て行き、大して時間をかけずに戻ってきた。
「……なのははチェス出来る?」
 駒を並べながらセイバーが問う。
「えっと……将棋はお兄ちゃんとやったりするんだけど、チェスはやったことないかな」
「将棋って、確かなのはの国のボードゲームだよね。……うん、アレが出来るのならすぐに覚えられるよ」
「そ、そっかな……そう言えば、フェイトちゃん将棋知ってるんだ」
「うん。リチャード……アースラのスタッフなんだけど、ボードゲームが好きで、あちこちの世界で暇を見つけては集めてるんだって。その中にあったの、見せてもらったから」
「ふえー。楽しそうだね、別の世界のゲームかぁ……」
 意外にゲーム好きのアーチャーが羨ましそうな呟きを漏らし、セイバーが微笑む。
 白を掴んだランサーが無言で最初の一手を動かし、セイバーを急かす。
 ランサーが背負う羽根さえなければ、幼い少女達の国際交流、といった場景だ。
「……聖杯戦争って、こういうものじゃないわよね……」
 わかってはいたが、そのあまりにも平和な光景に、凛がぼやく。
 バゼットも苦笑し、
「……まあ、確かに」
 士郎も含めて聖杯にさしたる願いのないマスター達だからこそ、まだしものどかに眺めていられるが、切実な願いを持ったマスターだったら憤死しかねないだろう。
「そう言えば朝飯まだだったな」
 会話が一段落し、士郎はふとそのことを思い出す。
 アーチャーが作ってくれると言っていたが、結局バゼットの訪問で中断されてしまった。どら焼きは食べたが、昨晩から何も食べていないような状態なのでまだ空腹だ。
「……ま、時間が時間だし、昼飯まで待つか……って、食材が全然足りないな。遠坂、ちょっと買い物行ってくるから、留守番頼む」
「え? あ、ちょっと士郎!?」
 言うが早いか、凛の返事を待たず、士郎は居間を出て行ってしまう。
 唖然とする凛に、バゼットはさらに苦笑を強くする。
「同盟中でサーヴァントもいるとは言え、自陣に身内以外の魔術師を置いて出かけるとは……不思議な人ですね、士郎君は」
「不思議って言うか……素人と言うか……いいえ、アレは馬鹿って言うのよ、きっと」
 凛の深いため息が、セイバー達の歓声に打ち消された。

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