「ギルガメッシュ――?」
 イリヤの口から発された英雄の名に、士郎達は揃って首をかしげた。
「妙ね。詳しい伝承は覚えてないけど、ギルガメッシュって、ギルガメッシュ叙事詩のでしょ? 暗殺者アサシンに該当するなんて思えないんだけど」
 胡散臭げな凛の言葉に、イリヤは澄ました顔で頷くと、
「そうね。そもそもギルガメッシュはアーチャー・・・・・だったもの」
「――なんですって?」
 当然のことのように紡がれたイリヤの言葉に、凛は眼差しを鋭くする。昨晩の話をする、ということで先程から同席しているバゼットも同様だ。例によっていまいち事情がわかっていない士郎だけ平然としているが、それでもイリヤの言葉のおかしさくらいはわかる。
「でもイリヤ。アーチャーは遠坂のサーヴァント、あのなのはって子だぞ?」
「士郎の言う通りよ。聖杯戦争で呼び出されるサーヴァントは七騎。一つ二つイレギュラーなクラスはあるかもしれないけど、クラスが重複するなんて事態はありえないわ」
「そうね。でもリン、この状況において、"ありえない"なんてことこそが"ありえない"のだと、貴女にも理解できてるんじゃない?」
「…………」
 確かに、アサシンを除くサーヴァントは全て少女の外見、しかも明らかに異世界の存在。本来の聖杯戦争とは大きくずれてしまっていることは事実だ。クラスの重複くらい、今更どうということもないように思えるが。
「しかし、彼女達は一応正規のクラスに割り振られています。クラス重複など、ありえるのでしょうか」
 勿論たまたま重複クラスが出なかっただけ、という可能性もあるが、呼ばれたサーヴァントが異常なだけであって、それ以外に異常はないのではとバゼットは問うが、イリヤは首を傾げ、
「さあ。ありえようがありえまいが、とにかくギルガメッシュがアーチャーだったのは確かよ」
「そんな……イリヤスフィール、貴女はこの冬木における聖杯戦争の始祖三家の出でしょう。その貴女がそんな投げやりでどうするのですか」
「アインツベルンの役割は聖杯の用意だもの。ことサーヴァントについてなら、遠坂の方が詳しいはずよ」
「え?」
 話を振られた凛は、「え、わたし?」と言った風な感じで目を丸くしている。その反応を見るに、大したことは知らないのは明らかだ。だが確定出来る情報を持たないのなら、現在の情報で状況を見定めようと試みるのが遠坂凛という少女である。
「……イリヤスフィール、ギルガメッシュがアーチャーだって言うのは確かなのね」
「ええ、間違いないわ」
「そして、今のアーチャー達と違ってギルガメッシュは名の知れた英雄。なら、考えられる可能性は一つじゃない?」
「え?」
「つまり、ソイツは前回の聖杯戦争における勝者のサーヴァントってことよ」
「それはないわ」
 かなり自信を持って言ったであろう凛の言葉を、イリヤの硬い声がばっさり否定する。顔をしかめ、根拠を言えとばかりにイリヤを睨む凛だが、俯いたイリヤとは視線が合わない。
「だって、前回の勝者が使役したサーヴァントはセイバーだもの」
「……? どういうことよ、イリヤスフィール。なんで貴女がそんなことを知って」
「遠坂」
 士郎の声が凛の言葉を遮る。否定されたり中断されたりで流石にむっとする凛だが、士郎の妙に固い表情を見て文句を言おうとした口を閉ざす。何か意味があってのことだと察したのだろう。とは言え、士郎としても呼びかけに意図はあっても、それに続く言葉は特に考えていない。しばらく考えをめぐらせ、
「……サーヴァントのことなら、言峰に聞いたらどうだ? アイツ、監督役なんだろ」
「綺礼か……どうも信用ならないのよね、アイツ」
 兄弟子にして後見役とは言え、微妙に信用ならないのは前からだが、今は加えてサーヴァントの出現順すら把握していたくせに少女サーヴァントが呼ばれていることには何も言わなかったりで、重ねて疑わしい部分がある。もっとも、自分から色々教えてくれるような親切な人間でもないのはわかっているので、完全に怪しいとは言い切れないあたりがなんとも微妙な人物である。
「ですが、彼はこちらからの疑問には大抵答えてくれるはずです」
 何度か言峰と組んで仕事をし、少なからず会話をかわしたこともあるバゼットが主張する。バゼットとて言峰が心底の信頼に値する人物だとは思っていないが、彼の強さは正直に尊敬しているし、少なくとも無用な虚偽は口にしないという確信があった。
「聞かなきゃ答えないってのは、確かにらしいけど……どうも、嫌な予感がするのよ。教会の妙な様子も気になるし」
「それは……」
 バゼットも薄々感じていたことを指摘され、二の句を継げない。
 礼拝堂で感じた気配を、今も鮮明に思い出せる。背筋が凍りつく――いや、脊髄を引き抜かれるような悪寒。見たことも無いようなおぞましい蟲が枕元を這っているイメージ、視界に入らなくとも他の五感が告げる戦慄。
 バゼットは軽く頭を振ってそのイメージを追い出すと、表情を引き締め、
「いえ――だからこそ、彼を訪ねるべきではないでしょうか」
「それも一理あるわね。綺礼は前回の聖杯戦争に参加してたらしいし、仮にギルガメッシュが残留しているサーヴァントなら、何か知ってるかもしれない。まあギルガメッシュに関しては綺礼から話を聞いてからとして……」
 凛はそこで言葉を切ると、鋭い視線をイリヤへと向けた。
「士郎、イリヤスフィールをどうするつもり?」
「え? どうするって……」
「なし崩し的に連れて来たけど、イリヤスフィールは貴方の命を狙ってるのよ。そして、いまだバーサーカーのマスターでもあるわ。バーサーカーが寝てる間に倒しておきたいってのが正直なところなんだけど」
「な……!」
 物騒な言葉に、士郎は思わず隣に座るイリヤをかばうように手を広げた。
「馬鹿言うな! そりゃ、イリヤはマスターかもしれないけど、遠坂だって言ってただろ、ルールを守るマスターだって。だったら、ギルガメッシュなんてわけのわからないヤツが出てきた今、協力してもらうべきだ」
 そこまで言って、少し勢いを弱め、
「……まあ、勿論イリヤがいいって言うなら、だけど」
「――それって、お兄ちゃんのお願い?」
「え? あ、いや、まあ……お願い、なのかな。出来ればイリヤには――いや、セイバー達にだって戦ってなんか欲しくないけど」
「どうして? 思ってたのとはちょっと違うけど、セイバー達はサーヴァントだよ? 戦いあって消えるのが定められたことじゃない」
 なんの躊躇いもない、無邪気な声。
 それは、サーヴァント同士が戦って果てることを完全肯定した響きだった。
 表情を硬くした自分を不思議そうな顔で見上げるイリヤとちゃんと向き合って、
「――イリヤ、それは違う。例えサーヴァントだとしても、女の子が戦うなんて、そんなのダメだ。消えるのが定めなんて、そんなことあっていいはずがない」
「士郎……アンタ、まだそんなこと言うわけ?」
 相変わらずの士郎の意思に毒気を抜かれたか、呆れた口調で凛が問う。
 だがそこは士郎としても譲れないところだ。力強く頷き、
「ああ、当たり前だ。どんなに強くたってセイバー達は女の子だろ」
「……それで? セイバー達を戦わせずに士郎はどうやってこの聖杯戦争を収拾させようってのよ」
「それは……」
 ため息一つ、投げやりな凛の問いかけに、士郎は思わず口ごもる。
 凛やバゼットですら、自在に空を翔る少女サーヴァント達の戦いに割って入るのは難しいのだ。まして半人前以下の士郎が何が出来るかと言われれば、それこそ的になるくらいのものである。
「ま、いいわ。前言を撤回するようだけど、私も出来ればイリヤスフィールには協力してもらいたいもの」
「え?」
「言ったわよね、味方が欲しい状況だって。イリヤスフィール、貴女だって現状で士郎をどうこうしようなんて思ってないでしょ? 少なくとも、ギルガメッシュがどうにかならない限りは」
 ちらりとイリヤに視線を投げる。対してイリヤは落ち着き払った様子で、
「――そうね。悔しいけど私のバーサーカーだけじゃ、アイツには勝てないもの。お兄ちゃんを私のモノにしても、生き残れないんじゃ意味がないわ」
 どうも若干どころではなく気にかかる言葉が混ざっていたような気もするが、イリヤの発言の意味するところは、
「じゃあ、協力してくれるのか、イリヤ」
「ええ――でも、お兄ちゃん。お兄ちゃんのこと、諦めたわけじゃないんだからね?」
 満面の笑顔でばふっと士郎に抱きつくイリヤ。
「う……出来ればその辺も諦めてもらえるとありがたいんだが……」
 ぼやくが、イリヤが聞いてくれる様子はない。だが、当面協力してくれる運びになったからには、とりあえず殺すだの殺すなだのの話は今しなくてもいいと判断しておく。勿論機を見てちょくちょく話していく必要はあるだろうが。
「あ……っと、そう言えば遠坂、桜来てないよな」
「桜? 来てないけど……なに、あの子学校が休みの時までアンタの世話しに来てたの?」
「え? あ……そう言えば、学校休みなんだっけ。そりゃ桜も来ないよな」
 元々日曜や休日は来ていなかったのだ。どうにもぼうっとしているなと、軽く頭を振る。
 とは言え、いつも見ている顔が無いというのはどうにも居心地が悪い。普段ならともかく、残りのサーヴァント……ライダーとアサシンが暗躍しているであろう今は何かと心配でもある。
 時計を見れば、既に七時近い。規則正しい生活をしている桜のことだ、おそらくもう起きていることだろう。
「ごめんイリヤ、ちょっと電話してくるから離れてくれるか?」
 言いながら、やんわりとイリヤを引き離し、立ち上がる。
「桜に?」
「ん? ああ。心配しすぎかもしれないけど、慎二のヤツがライダーのマスターだって言うし、そのライダーは町に使い魔を放ってるらしい。残りのアサシンが家まで乗り込んでこないとも限らないしな。ちょっと連絡してみるよ」
「ライダーが使い魔を放ってる? なにそれ、聞いてないわよ」
「汝がまだ寝ている時に、ニュースでな。昏睡状態の人間が、新都とやらで見つかったそうだ。アサシンの仕業とも考えられるが、妾はナコト写本の仕業と睨んだ」
「へえ……一度やっつけたのに、まだそんなことする余力があるんだ」
 少女らしい意地悪さを持った呟きに、皆の視線がイリヤへと集中した。
「やっつけたって……どういうこと、イリヤスフィール」
「どういうこともなにも、ライダーなら一昨日の夜バーサーカーが倒したわ。マスターだったマキリの蛆虫さんは取り逃がしちゃったし、どうもライダーも生き延びたみたいだけど」
「つまり、その負傷を回復する為に人々を襲っているわけか。まったく中途半端なことをしてくれる」
 少女の見かけであるが、わりと苛烈な性格のキャスターである。仕留められるチャンスを逃すとは、とため息を吐くが、サーヴァントにそんな態度を取られて見過ごせるイリヤではない。ぷうっと白い頬を餅のように膨らませ、
「なによ、サーヴァントのくせに私に意見するなんて、失礼じゃない」
「ふん。機を見誤ったのは汝であろう。失態を指摘されてそのような態度、やはり小娘よな」
「す、ストップ! ケンカはなしだぞ!」
 キャスターの無愛想な言葉にイリヤがむーっとするのを見て取った士郎が、慌ててイリヤの小さな身体を後ろから押さえる。このままでは取っ組み合いになりかねない、と判断したからだ。
「ふーんだ。キャスターがいけないのよ」
 ぷいと拗ねてしまうイリヤに、思わず苦笑。
「キャスター、あんまりイリヤを責めないでやってくれ。戦い慣れてるわけじゃないんだろうし」
「戦場に立つ以上、戦士としての働きが求められるのは当然。それが出来ないのなら、そもそも戦場に立つべきではあるまい」
 士郎が擁護するが、そっけない言葉が返ってくるだけだ。もっとも、先程のも愚痴のようなもので、本気でイリヤを責める気があるわけではないようで、キャスターもぷいとイリヤから視線を逸らす。
 凛やイリヤを小娘呼ばわりしているキャスターだが、少女の見かけに引きずられてか本人も意外に少女っぽいメンタリティらしい。あれはひょっとして拗ねてるとかそんな感じなのでは、と思わないでもないが、そんなことを口にしてまた吹き飛ばされてはたまらない。
 細かい話は凛達に任せることにして、士郎は一人廊下へと出た。滅多に使わない電話帳を引っ張り出し、桜の家――間桐邸の電話番号を確認、ダイヤルを押していく。
「…………」
 出ない。自然不安で眉に皺が寄っていくが、なにせ間桐邸は広い。コールに気づいても電話まで辿り着くのに時間がかかるだろうし、そもそも下手をすれば電話が鳴っていることに気づかない可能性すらある。
『――はい、間桐です』
「あ、桜か? 衛宮だけど」
『え……先、輩?』
「ああ。悪いな、朝早いのに電話なんかして」
 とりあえず桜が出たことにほっと一息吐く。
 と、そんな士郎の耳に聞こえてくるのは、珍しい桜のくすくすという笑い声。
「桜?」
『あ、ご、ごめんなさい、先輩。こんな朝から先輩が電話してくれるなんて、なんだか幸先いいなぁって思ったんです』
 妙にご機嫌な様子の桜。少し不思議に思いながらも、桜が明るいのは士郎としても嬉しいことだ。とは言え、このくらいで喜ばれるのはくすぐったいので、
「俺なんかが電話したくらいで幸先いいって、大袈裟だぞ」
 なんて言ってみるが、桜は相変わらず明るい調子で、
『いいえ、そんなことないです』
 そう言ってくれる。電話口で胸を張る桜の姿が見えるようだ。そんな桜の機嫌に水を差してしまうのはためらわれるが、先程のイリヤの言葉で慎二のことがますます気にかかっていた。こればかりは聞いておかなければ、と意を決して士郎は口を開く。
「……ところで桜、慎二のヤツいるか?」
『兄さん……ですか?』
 やはり、と言おうか桜の声が一瞬曇る。
 だが直後に、また愉しそうな笑い。
 イリヤに敗北したという慎二が家に帰って桜に当たったりしたのでは、と危惧していた士郎は呆気に取られ、同時に不安になる。
「……さ、くら?」
『はい? どうしたんですか、先輩』
「え……あ、いや、機嫌、いいな」
『そうですか? そんなことないと思いますけど。ええと、兄さんですけど、昨日帰ってきてないんです。多分どこかで遊んでいるんじゃないでしょうか。今までに何度もありましたし』
「帰ってない……?」
 それも奇妙な話だ。敗北した慎二が家に戻っていないとなると、一体何処に。
「……教会、か?」
 敗北したマスターは教会に行けば保護してもらえるのだという。なら慎二は教会へ行ったと考えるのが自然だ。
(……言峰に話を聞きに行くなら、それも確かめないとな)
『先輩?』
 内に没頭しかけた士郎を、桜の声が現実に呼び戻す。
「え? あ、悪い桜。ちょっとぼうっとしちまった」
『それはいいんですけど、先輩、何か用事があって電話してくださったんじゃないんですか?』
「ああ――大した用はないんだけど、ほら、昨日の夜なんか色々騒ぎがあっただろ。ちょっと心配になって」
 桜はふらふらと出歩くような少女ではないが、慎二が聖杯戦争に関わっている以上巻き込まれる危険はある。
『そうだったんですか。でも先輩、先輩こそアルバイトとかで遅くなるんですから、気をつけてくださいね?』
「う……わかってる」
 心配したところを逆に心配され、どうもきまりが悪い感じだ。照れ隠しに頭などかいてみるが、電話な以上無意味である。
「じゃあ、切るぞ?」
『はい――大丈夫ですよ、先輩』
「え?」
『もうすぐ、こんな騒ぎは終わりますから』
「桜? それ、どういう――」
 問うが、一瞬遅い。受話器はつーつーという無慈悲な音を奏でるだけだ。
「……桜」
 明らかに妙な様子だった。何かを知っているような、そんな素振り。一体何故、と考えた途端、
「あー、シローだー!」
 可愛らしい少女の声が、思考の邪魔をする。
 振り返って見れば、そこには来客用の浴衣を着込んだ少女サーヴァント達が並んでいた。
「あ……セイバー、それにみんなも。目を覚ましたのか」
「おはよう、シロー! ねえ、ここ何処? なんでお姉さまやこの子達がいるの? おなかすいちゃった!」
 たたーっと士郎に駆け寄り、抱きつきながら矢継ぎ早に言葉を紡ぐバーサーカー。そんな妹の襟首を、不機嫌そうなランサーが後ろから掴み士郎から引き離した。
「こらフラン。そんなのに懐くんじゃないわ」
「えー、だってシローはイリヤのオニイチャンなのよ? 私にとってのお姉さまと一緒だもん」
「……まったく、あのガキ余計なこと言ってくれて」
 頬を膨らませ、また士郎に抱きつこうとするバーサーカーを、ランサーは舌打ちしながら押さえる。
「ところでお前、フランがお腹すかせてるの。食事の用意は?」
「え? あ、ああ。居間に遠坂がいるから、あいつに言ってくれ。もう出来てるはずだ」
「そう。まあ普通の人間にしちゃ気が利くわね――ほら、行くわよフラン」
「ぶー」
 引っ張られ、ますます頬を膨らませるバーサーカーだが、ランサーは素知らぬ顔だ。
「おはようございます、衛宮さん」
「おはようございます、士郎さん」
 少しだけ顔を曇らせたまま、朝の挨拶を士郎に向けるのはセイバーとアーチャー、親友同士のサーヴァント少女達だ。士郎もあらためて一人一人に挨拶を返す。
「あの、衛宮さん、私達どうしてここに? 金色の人にやられちゃったのはわかるんですけど……」
 アーチャーが小首を傾げながら、不安そうに尋ねてくる。
 アーチャー達は先行した為、葛木と休戦したことを知らない。倒された自分達が安全な衛宮邸で寝ていれば、それは不思議に思うだろう。
 手短にライダーだと思っていた葛木のサーヴァントがキャスターであったことや、休戦してバーサーカーが戦っているところに向かったこと、葛木達が到着した時には既にギルガメッシュの姿は無かったことを話す。
「でも……どうしてなんだろ」
「不思議……と言うか、不気味だね。相手にしてみれば、私達に止めを刺すことにデメリットはないんだし」
 二人とも少女であると同時に、歴戦の魔導師でもある。もともと頭の回る少女でもあり、こと戦闘に関しては見かけとは違い、冷静かつ的確な判断を下せるのだ。
「うーん、他のサーヴァントの相手をさせる気なのか? けど、セイバーとアーチャーにバーサーカーまで相手にして押し切るヤツなんだし、わざわざそんなことしない気も……」
 セイバー達の会話を受けて、士郎も意見を口にする。とは言え、廊下で立ち話もなんだろう、と気分を切り替え、
「まあ、ここで俺達だけで話しててもどうにもならないな。ま、遠坂達なら何か的確な判断が下せるだろ。ほら、行こう。特にアーチャーは、遠坂に早く元気な顔を見せてやりなよ」
「あ……はいっ、そうですね」
 一転、笑顔で居間へと駆けるアーチャー。普段ならセイバーも一緒に行くのだろうが、今は何故か動こうとしない。端正な顔立ちにも、曇った表情が残ったままだ。
「どうしたんだ、セイバー?」
「……ごめんなさい、士郎さん」
 突然頭を下げるセイバーに、士郎は面食らう。
「なんだよセイバー、謝られる覚えはないぞ?」
「金色の人――ギルガメッシュに、私達は負けた。でも、取れる手段を全部取れば、きっとキャスター達が来てくれるまでは粘れたのに」
「取れる手段を……全部?」
「……はい。魔力の消耗や、バルディッシュへの負担を気にして全力起動フルドライブを控えたのは、私のミスだ……!」
 セイバーが言うには、セイバーの宝具である魔杖……バルディッシュはパーツが足りない状態で実体化しているらしい。かなり際どい設計で、整備環境の無い状態で使うには不安がある為に安定性を重視し、全力起動を可能とするパーツは組み込まなかったのだと言う。
「そっか……でも、仮にそのパーツを組み込んで、セイバーの杖が壊れちゃったら元も子もないだろ?」
「それは……そうですけど」
「それに、幸い誰一人欠けることなくこうして帰って来れたんだ。なんの気まぐれかわからないけど、ギルガメッシュはセイバー達が倒れてるのを見逃した。でもセイバーが全力で戦ってたら、止めを刺されてたかもしれない」
 後に回しても十分だと判断されたから見逃された、という可能性は実際低くないだろう。仮にここで倒せねば厄介だと思われれば、倒れたところを殺されかねない。
「結果論だけど、セイバーの判断は正しかったさ」
「あ、ありがとう、ございます……」
 わりと気楽に励まされ、セイバーはそれでも恥ずかしそうに頭を再び下げた。
「ま、とにかく朝飯食って、今後のことをみんなで考えよう。色々やることもあるみたいだし……」
「美味しくなーい!」
 と、士郎の言葉を居間から響いてきたバーサーカーの悲鳴めいた声が遮った。一体何事か、と士郎とセイバーは顔を見合わせ居間へと走る。
「ま、フランは主食以外に慣れてないからねぇ」
 二人が居間へ到着すると、ランサーがそんなことを言いながら蓮華を口に運んでいる。全員揃うまで食事を始めないのが礼儀だろうが、ランサーとバーサーカーの前にだけお椀が置かれているのは、例によってお貴族様全開なわがままが通ったからだろう。ランサーだけならともかく、より幼そうなバーサーカーは下手をすると暴れだしかねないからわからないでもないが。
「主食って……」
 ランサーが吸血鬼だということを知っているアーチャーは、その言葉に思わず嫌そうに顔をしかめた。種族差別などする少女ではないが、やはりその光景を想像するといい気はしない。
「ですがランサー、流石に増血にも限界があります。これ以上は戦闘行動に支障が出る」
 前に紅茶に入れたのと同じように、バゼットが混ぜ入れる血液を提供したのか、そんなことを言う。
「ねえイリヤ、リズのケーキが食べたい! おなかすいたよー」
 蓮華を放り出し、バーサーカー甘えるようにイリヤに抱きつく。
「そうね……リン、悪いけどバーサーカーがこう言ってるから、わたしは一度城に帰るわ」
「な……! あ、アンタねぇ! 協力するって言った矢先にそんな勝手するわけ!?」
「そんなこと言われても、ここじゃバーサーカーにご飯食べさせてあげられないんだからしょうがないじゃない」
「サーヴァントには食事なんて不要なはずでしょう……ああもう、なんでこういうことになってるのよ……」
 今更ながらに事態の異常を嘆く凛だが、それでどうにかなるはずもない。
「へえ……フランが食べたいなんて、そのリズってののケーキは美味しいのかしら」
「うんっ、咲夜のケーキとおんなじくらい美味しいの!」
 興味深げにつぶやくランサーの言葉に、嫌な予感を覚えた凛が止める間もなくバーサーカーが勢い込んで応えた。
「じゃあ私も一緒に行くわ。そのケーキとやらに興味もあるし」
 予想通りの言葉に、凛は思わず頭を抱える。そんな凛に言うのも躊躇われるが、イリヤが一度離れてしまうと言うのであれば見過ごせない。
「なあ遠坂……悪いんだけど、俺もイリヤと一緒に行ってい……う」
 言葉途中で、ぎろりと射殺されそうな目つきで睨まれる。
「……イリヤとは色々話したいんだよ。出来れば早めに」
 士郎が今いる場所に本来座るべき少女の内心を考えると、それが士郎の自己満足で終わるかもしれないし、話したからどうなる、というわけでもないがとにかく話はしておきたい。
「……はあ、考えを変える気は無いって顔ね。でも、アンタとイリヤを二人っきりになんてさせられないわよ。どんな気まぐれ起こすかわかったもんじゃないわ。……イリヤ、私も一緒に行くけど文句ないわね」
「え、リンも来る気なの? お招き無しに訪ねるのはマナー違反じゃない?」
 ふふーんとばかりに意地悪そうな表情で言うイリヤだが、流石に凛も見え見えの挑発にのるほど安い少女ではない――額に青筋は浮かんでいるが。
「ですが凛、言峰はどうします? ギルガメッシュの件、後回しにするのも避けたいところです。私一人で向かってもかまいませんが」
「そうね……戦力をあまり分散させるのはよくないけど、アインツベルンの城に行くなら教会に行ってる時間は惜しいし……」
 そもそも言峰も一日中教会にいるわけでもないだろう。事前にアポを取れば別だろうが、下手に会えなかったりしては城に向かう頃には真夜中、などと笑えない事態になりかねない。
「なら、私達が同行しよう」
 迷う凛へと提案したのは、黙りっぱなしの葛木だった。
「どの道新都の異変を調べるのだろう、キャスター」
「うむ」
 鷹揚に頷くキャスター。
「あの、士郎さん」
「ん?」
「私も……バゼットと一緒に行っていいかな」
 士郎の袖を引き、セイバーがそんな控えめな申し出をする。士郎としては問題ないと判断するが、この集団における軍師的役割を果たしているのは凛だ。なので、凛にその旨を伝えてみると、凛はしばらく考え、
「……いいわ。一度分かれる以上、戦力は均等に振った方がいいと思うし」
 勿論ばらばらにならないのが最良だが、集団で動くとなるとどうしても機動力は犠牲になる。各個撃破されない程度に均等に戦力は振っておくべきだろう。最悪なのはギルガメッシュと遭遇した場合だが、サーヴァントクラスの戦闘者が二人居れば切り札さえ切られなければなんとか戦闘にはなる。逃げの一択ならなんとかなるとの判断だ。
「ってことは……俺と遠坂、アーチャー、イリヤにバーサーカーとランサーがイリヤの城に行くことになるのか」
「大人数ね……まあ、サーヴァントは霊体化出来るから、タクシー一台で十分か」
 とは言え、見えてる範疇でも士郎に凛にイリヤである。郊外の森に入っていくにはどうにも怪しい面子だと言えよう。
「ま、時間が惜しいわ。さっさと朝食にして、早く各々の目的地に出かけましょ」
「そうだな。ああ、配膳手伝うよ」
 とりあえず話は終わりとばかりに軽く手を叩きながら立ち上がり、台所へ向かう凛のあとを士郎も追った。

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