凛がアインツベルン城へ乗り込んだ早朝から遡ること半日あまり。
 衛宮邸は暗く沈んでいた。
 教会とアインツベルン城に分かれ向かった衛宮邸の面々だが、現在居間にいるのはたった4人――士郎、凛、葛木、キャスターがいるに過ぎない。
「……言峰が、ね」
「そちらにはナコト写本か。どうも拙い組み合わせで向かってしまったようだな」
 双方で起こったことを聞き、お互いため息が漏れる。
 言峰には凛が、ライダーにはキャスターがいればあるいは対応出来た可能性もあるが、まさにキャスターの言葉どおり拙い選択をしてしまった結果になる。
「ランサーの具合はどうなのだ?」
「……良くはないわ。吸血鬼って特性が幸いして消滅には至ってないけど、戦闘行動は当分無理ね。ましてバゼットがそんな状態じゃ……」
「ふむ――どうにも厳しいな」
「ええ。アーチャーも魔力を相当消耗してるわ。バーサーカーだってギルガメッシュとの戦いで随分消耗したまま。こちらに残るまともな戦力は」
「妾とセイバーのみ、というわけか」
 こと対サーヴァント戦においては、凛クラスの魔術師ですら対等な相手にはなりえない。足手まといになるのがオチだろう。
「対して向こうにはナコト写本にその記述、加えていまだ姿を見せぬアサシンにギルガメッシュとやら……やれやれ、なんとも厳しい状況だな」
 そう言うキャスターの表情は、しかし言葉ほど切羽詰っているわけではない。キャスターは異界の邪神、外道と戦い続けてきた魔導書、死者の書ネクロノミコン――魔物の咆哮アル・アジフだ。元より勝ち目の無い戦い、圧倒的な戦力差など日常茶飯事。
「なにはともあれ、彼奴が姿を現したのは幸いと言えるな。妾はナコト写本を討つ。隠れたまま散発的に記述を繰り出されてはジリ貧だ。小娘、地図はあるか? その城とやらの位置を」
「待ちなさい、キャスター」
 硬い口調がキャスターの言葉を遮る。声の主は凛だった。何時に無く厳しい表情で、まるで睨むかのようにキャスターへと視線を向けている。
「どうした小娘。そう悠長に構えている暇もないぞ。確かに妾が離れてはここの守りは薄くなろうが、かと言って閉じこもっていては不利になるだけだ」
「そんなことは言われなくても百も承知よ。イリヤスフィールを使って何を企んでるかわからないけど、放っておけるはずは無い。でもね、キャスター。あの子はわたしが倒す・・・・・・・・・・。貴女が行く必要は、ないわ」
「な……ちょ、ちょっと待て遠坂! 桜を倒すって、なに言ってるんだおまえ!」
 凛の言葉に慌てたのは士郎だ。対して凛の口調は硬く冷たいまま、キャスターへと向けた視線を士郎へと動かす。
「士郎、昨日の朝の話を忘れたの? ライダーが使い魔を放っている……そのライダーのマスターは誰?」
「っ。そ、それは……」
「今のあの子は無差別に人を襲ってる。それを、放っておけるわけないでしょう」
「…………」
 見慣れぬ漆黒の装束を纏った桜の姿を思い出す。いつも士郎が見ていた桜とは様子が違ったが、操られていると言った風ではなかった。凛の言うことは正論だ。
「……でも、まずそんな馬鹿はやめろって、説得するべきだ。桜が何の理由も無く、そんなことするわけない」
「理由、ね……仮にあったとしても、それは士郎が納得するようなものかしら……聞くけど、どんな理由があれば一般人を傷つけるような真似を許せるの?」
「そ、それは……」
 先程から凛の淡々と現実を語る声に、士郎は口ごもるばかりだ。
 どんな理由があろうと、一般人を傷つけるなど士郎にとって許せるものではない。だが同時に、桜を倒すなどということも認められるはずがなかった。
「……だからって、桜を……家族を倒すって言うのか、遠坂」
「……士郎、あの子は間桐の娘よ。十一年も前から、もうわたしの妹じゃないわ」
「遠坂ッ!」
 冷たく言い放つ凛に、士郎は思わず怒鳴りつけていた。
 無論、士郎の怒号で凛が身を竦めるはずもなく、冷めた眼差しは変わらない。睨み合う二人を見かねたわけではないだろうが、横からキャスターが口を挟む。
「……どうでもいいがな小娘。汝、ナコト写本に対抗する手段はあるのか? 今の主はあの獣ではないとは言え、並の魔術師がどうにか出来るシロモノではないぞ、アレは」
「……ええ。かなりの博打になるとは思うけど、ちゃんと手段は講じてあるわ。確かにライダーは強力だけど、主体が桜にある以上十分勝ち目はある。……ほんとに、わたしのサーヴァントがアーチャーで助かったわ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 言いながら思い出すのは、アーチャーから聞かされた彼女の体験だ。ジュエルシードと呼ばれた概念武装と、それを封印する戦いの日々。
「ライダーさえ引っぺがしてしまえばこっちのもの。これ以上の馬鹿をしでかす前に、引きずってでも連れ帰るわ」
「……へ?」
 思わぬ凛の言葉に士郎は不意を衝かれ目を丸くした。そんな士郎の様子に、凛も一瞬きょとんとし、
「どうしたのよ、いきなり変な顔して」
 士郎へ疑問を向ける。
「いや……連れ帰るって、遠坂、桜を倒すって言ったのに」
「? 別に矛盾してないじゃない。馬鹿をしでかしたあの子を倒して、連れ帰る。何かおかしい?」
 何を今更、と言った風な言葉に士郎は大きくため息を吐いた。知らずのうちに全身に込められた力が一気に抜ける。
「あのなぁ、あんな厳しい顔で倒す、なんて言われてみろ。俺はてっきり……」
 言いかけ、だが士郎は言葉を濁す。桜を殺すつもりだったのではないかと思った、などと言われれば凛としてもいい気はしないだろう。
「……あの子が仮に自分じゃどうにもならないところで暴走してるって言うなら、また別だったけどね。今のあの子は自分の意思でライダーの力を借りて、馬鹿をやってるんだもの。そんな馬鹿は通らない、ということを教えてあげるわ」
 ぱしん、と拳と掌を打ち合わせ、凛は立ち上がった。
「キャスター。ここの守り、頼めるわね」
 問いかけにキャスターが頷く。これで衛宮邸にはほぼ無傷のサーヴァント二騎が残ることになる。重傷のランサーと素人に等しい士郎は戦力外としても、今夜一晩乗り切れればバーサーカーやアーチャーはなんとか戦線復帰出来るレベルまで回復するだろう。後顧の憂いは無い。
「遠坂!」
 障子戸を開け、廊下へと出かかった凛を呼び止めたのは士郎だった。
 一瞬迷うような表情を浮かべ、真摯な眼差しを向けながら口を開く。
「俺が言うのもおこがましいかも知れないけど……桜を、頼む」
「――ええ、任せておきなさい」
 応え、戸を閉ざす。
 やるべきことは山積みだ、凛が厳しい顔をし続けているのは、なにを置いてもこれから行う戦闘がそれだけ厳しいことを示している。
 廊下を歩く凛が目指す先は、傷ついたサーヴァント達が休む客室。帰宅してからそれほど時間は経っていない。魔力を失い昏倒しているアーチャーが目覚めているかは微妙だが、目覚めていない場合は多少無理してでも起きてもらうほか無い。これから行うことにはアーチャーの協力が不可欠なのだ。
 そっと客室の戸を開けると、静かな呼気が耳に届く。
「……凛さん?」
 控え目な声。勿論その主は、枕元でアーチャーを看ていたセイバーだ。
 足音を殺して歩み寄ると、意外にもアーチャーの寝息は安らかだった。相当消耗している様子で、頬など青褪めていたのが今は大分血色もよくなっている。
「……随分回復早いわね。ありがたいけど」
「少しだけど魔力を分けたんです。なのはは怪我してなかったし、リンカーコアにも損傷はないからこのまま休んでいれば明日……とは言わないけど、すぐに元気になると思います」
「魔力を分けた……? つくづく便利ね、貴女達の魔術は」
 凛も魔力譲渡の手段はいくつか知っているが、色々な事情からそうそう気軽に出来ることではない。
「じゃあ、今のアーチャーは普通に寝てるだけなのね」
「はい。魔力は大分減ってますけど……」
「OK。セイバー、悪いけどアーチャーを起こしてもらえる? 休ませたいのは山々だけど、そうも言ってられない状況なのよね」
 自分の部屋に来るように言って、凛は客室を後にする。
 衛宮邸の一室を借り、仮とは言え聖杯戦争の拠点として使えるように改装――いや、ほとんど改造と言っていいほど好き勝手に使ってるが――した凛の部屋は、遠坂邸から様々な術具を持ち込んであった。
 棚や引き出しを漁っている内に、すぐにノックの音が部屋に響く。
 扉を開ければセイバーに支えられたアーチャーの姿。髪を下ろしているのが短いつきあいながら新鮮に映った。
「悪いわね……呼びつけておいて言うのもなんだけど、動いて平気?」
「ちょっとふらふらしますけど……大丈夫です」
 言葉どおり顔色もやはりさほど悪くない。とは言え、なるべく楽にしてもらうに越したことはない、アーチャーにベッドで休んでいるように言って凛は作業を再開。気を利かせたセイバーがお茶を淹れにその場を離れる。
「アーチャー、これからわたしは桜を止めに行く」
「え? で、でも私……」
 普通に話をしたりする分には大して問題ないが、戦闘行動はかなり難しい。
「わかってる、今の貴女は戦える状態じゃないわ。だから……ってわけじゃないけど、あの子は、わたしが止める」
「ええっ!?」
 凛の言葉にアーチャーは大きな目を丸くした。
 マスターではサーヴァントに抗えないと言うのが、この聖杯戦争の常識だ。それを知らない凛でもあるまい。葛木や桜と言った例外があるが、彼らはあくまでもサーヴァントの力を丸ごと借り受けているようなものであり、実質的にはサーヴァントが戦っているようなもの。
 無論アーチャーが凛の魔術全てを知っているわけではないが、保有魔力量と言う点だけでも凛は己の十分の一程度だ。すなわち仮にアーチャーと同一の攻撃手段があるとしても、手数は十分の一になる、と言うことになる。もっとも、アーチャーが魔力10を使う術式を魔力1で使えるようならばその差は無くなるし、魔力量が絶対の差になりえないことをアーチャーは知っているが。
「……無謀なのは自覚してるわよ。けど、あの子は……桜はわたしの妹だもの。妹が馬鹿なことをしでかしたら、叱ってやるのが姉の役目でしょう?」
 言いながらも凛の態度はどこか自嘲的だった。
 桜があんな冥い感情を抱いていることに気づけなくて、なにが姉か、とも思う。
 だがそれでも。
 軽く頭を振って迷いを払い、不思議そうに見ているアーチャーへあらためて視線を向ける。
「アーチャー、確認したいんだけど貴女の宝具……レイジングハートは貴女が助けた男の子から渡されたものなのよね」
「え? はい。レイジングハートは元はユーノくんが持ってたデバイスでしたけど……」
「で、貴女自身には魔術に関する知識や訓練は一切なかった」
「はい……って、凛さん、まさか!」
 頷きかけ、アーチャーは凛が何を言わんとしているかを悟った。
「ええ、レイジングハートを借り受けたい。無茶な話なのは、わかってるけどね」
 サーヴァントの宝具を使う。
 真っ当なサーヴァントであれば凛はそんな発想は持たなかっただろう。だがアーチャーは違う、ごく平凡な小学生としてくらしていながら偶然の出会いによって、強大な魔術を行使する力を得た。
 勿論アーチャーの素質に因る所も大きいが、彼女の話を聞くにレイジングハートのサポートが大きな役割を果たしていることも確実なようだ。
「サーヴァントにとって宝具がけして手放せない物だってこともわかってる。でも、無理を承知で言うわ。貴女の相棒の力、貸してちょうだい」
「……どうかな、レイジングハート」
《Grand master, I can lend you power. However Symparate is not warrantable》
「……シンパレート?」
「ええと……デバイスとどれだけ仲良く出来るかってことなんですけど……」
 アーチャーはほとんど感覚だけで術を行使していた。実は細かい用語に関してはアバウトに知っているだけだ。
 言い淀んでいるところに、お茶を汲みに出ていたセイバーが戻ってくる。なにやら真剣な顔で向き合っている凛とアーチャーに首を傾げているセイバーに、
「あの、フェイトちゃん。シンパレートってどういうことなんだっけ?」
 と困り顔で問いかける。
 同じ魔術系統の使い手であるが、アーチャーとは違いセイバーは専門の家庭教師から魔術理論を学んでいた。勿論デバイスに関する知識も一通りある。
 汲んだお茶を凛とアーチャーに差し出し、セイバーは語り始めた。
 セイバーとアーチャーの宝具である知性ある魔杖インテリジェントデバイスは、その名の通り意志と心を持つ。状況判断を行い、その場に最適な機能を自動起動し、主に合わせて自ら性能を調整する。
 術者がインテリジェントデバイスの思考を理解し、主と機体二つの意志がひとつとなった時、1+1が5にも10にも膨れ上がる可能性を秘めているのだ。
 だが独自の意志を持つと言うことは必ずしも主の思い通りになるわけではないということ。その性質を嫌う術者も多く、事実術者の力が足りない場合や相性が悪い場合、『杖に使われる術者』や『言うことを聞かない杖』といったケースも生まれる。
 その相性を示す数値が、シンパレートなのだという。
「……やっぱり、アーチャー並の魔力がないと厳しいってこと?」
「いえ、力は確かに重要ですけど、一番大切なのはデバイスの思考を理解してあげること。私はそう教わりましたし、バルディッシュを信じてきました」
 セイバーの言葉に、バルディッシュがかすかに発光する。その通りだ、と励ますように。
「……凛さん」
 アーチャーが己がマスターの名を呼びながら、髪をかきあげ首の後ろへ手を伸ばす。
 結び目が解かれ、アーチャーの小さな掌が赤い宝玉を握った。
「レイジングハート、お貸しします。お願い、凛さんを助けてあげて」
《All right.My master》
「……ありがとう、アーチャー」
 レイジングハートがアーチャーの手から、凛の手へと移る。
 掌に乗ったほのかなぬくもりを見つめ、凛は言葉を紡ぐ。
「桜の馬鹿な行動を止める為……力を借りるわね、レイジングハート」
 淡い明滅、おそらく人が頷くような反応なのだろう。
《But grand master, it is true that you are power shortage to handle me》
「それは考えないわけじゃないわ。ちょっと待って」
 一旦レイジングハートをベッドのサイドテーブルへ置き、先程の作業で取り出した物を引き寄せる。
「それ……」
「宝石箱、ですか?」
 少女サーヴァントの興味津々な視線が注がれるそれは、セイバーの言葉通り宝石箱に見えた。凛の首肯がその言葉を肯定する。
 続けて行われた凛の動作に、セイバーとアーチャーは思わず歓声をあげる。けして小さくはない宝石箱に、ずらりと並んだ宝石輝石。宝石店でもない一個人の宝石箱を開けての光景としては異常とも言える量だ。
「す、すごーい……あ、あれ、でもこれって……」
「……魔力が」
 瞳を輝かせていた二人だが、すぐにそれが普通の宝石とは違うことに気づく。強弱こそあれど、いずれも魔力を秘めているのが感じ取れた。
「遠坂の魔術特性は力の流動と転換なの。要するに何かに魔力を込めたりするのに適してるってこと、特に宝石は元々魔力を込めやすい性質があるから相性がいいのよね。勿論込めた時点で宝石の属性に染まってしまうから魔弾くらいしか用途はないけど、アーチャーが使う魔術……要するに攻性魔術なら属性の有無は問題ないでしょ?」
 凛の問いかけに、レイジングハートは淡く発光する。思案している、という様子だ。
《――It is possible》
 デバイスは持ち主の魔力を己が機体に通し、より最適な形でそれを力に変える。例え特定の属性に染まっていても、その性能はしっかり働くらしい。
《Please put it in me》
「入れろって言われても……」
 ビー玉、とまでは言わないが、レイジングハートの待機状態はかなり小さい。戸惑う凛に、
「多分、大丈夫だと思います。ジュエルシードを集めてた時、レイジングハートがこの状態でもちゃんと入ってましたし」
 とアーチャーが口を挟む。
 首を捻るが、ここで疑っては信頼など遠い話だ。レイジングハートがやれ、と言っているのだから信じて行うべきだろうと、凛はサイドテーブルへ置いたままのレイジングハートに宝石を近づける。
「……へえ」
 目の前で展開された奇術のような光景に、思わず唸った。
 レイジングハートよりも大きな宝石がするりと吸い込まれていく。球面に波紋が広がり、一瞬後にはもとのなめらかさを取り戻し静かに明かりを反射している。
「許容量とかある?」
《No problem》
 それなら安心と、次々と宝石を投下していく。断腸の思いで虎の子の十年宝石も五つ。
 そして、
「……まあ、出し惜しみしてる場合じゃないか」
 言いながら凛が取り出したのは、一際大粒の宝石が飾られたペンダントだった。他の宝石が素のままなのと違い、完全に装飾品としての役割も果たしている。凛自身を象徴するかのような、赤い宝石に優美な装飾。
「で、レイジングハート。いくつか確認しておきたいんだけど……」
 レイジングハートを掌に乗せて向き合い、アーチャーから聞いた話から考えたことを話す。いくつかの専門用語は同席したセイバーに確認を取り、凛は自分の考えに確信を抱いた。
「でも、それはジュエルシードだから可能だったことで、ライダー相手には……」
「……わかってるわ。でも、それが出来るか否かは重要よ。もっとも、まずはまともに戦えなきゃ無意味なわけだけど……レイジングハートの力を借りれば十分勝機はある」
 とは言え、相当厳しい戦いになるであろうことは容易に想像がついた。レイジングハートが力を貸してくれると言っても、凛が行使できる魔術が劇的に変化するわけではない。あくまでレイジングハートが凛の意志と魔力を受けて術式を紡ぐだけである。対して桜はライダーのバックアップを受けて、自らが行使出来る吸収の魔力も大幅な強化を遂げ、さらにライダーの記述を使う。
「……自力であの子の魔術を防御して、レイジングハートを通して攻性魔術。例の予知を使われると辛いけど、そうでなければ……けど、距離を取られたら当てるのは厳しいわね。近接の間合いから……」
 ぶつぶつと戦闘のシミュレートを呟く凛。深刻さは別とすれば、アーチャーやセイバーも度々行ってきたことだ。
「……防御で足が止まるのが難か。もう一手あれば……」
 軽い攻撃なら動き回りながらの詠唱や魔術行使で防げるが、ライダーと一体化した桜の攻撃は片手間で防ぎきれるほど容易いものではない。かと言って足で凌ぎ切れるわけもない。
「アトラス院の分割思考でもあれば別なんだろうけど……ああ、でもアーチャーの防御服みたいなのを展開出来るのよね。それに加えれば低度の防御魔術でも……あ」
 と、考え込んでいた凛の表情が変わる。何か閃いたらしく、視線がセイバーへ動く。
「セイバー、一つ聞くけど貴女達の宝具って……二つ同時には使えないの?」
「え? デバイスを、二つ……?」
 言われ、セイバーは目を丸くする。
 なにしろインテリジェントデバイスとは唯一無二の相棒、それを複数持つなど考えたこともなかった。意志を持つインテリジェントデバイスからすれば、己以外のデバイスを持つということは、主が自分を信頼していないということとニアリーイコールだ。主が機体を信頼し、機体はその信頼に応える関係である以上、デバイスに信頼されてないと思われることは致命的となる。
「デバイスが持ち主の魔力と意志を汲んで術を紡ぐなら、二つ使う意味合いは十分あるんじゃない?」
「それは……そう言われてみればそうですけど、インテリジェントデバイスには心があります。みんな持ち主の信頼に応える為に、力を振るってくれるんです。幾つもデバイスを持つ主はデバイスの信頼に値するでしょうか」
「そりゃ、とっかえひっかえされたらいい気分はしないでしょうけど……逆も考えられない? どうしても必要だからこそ、複数同時に使うって。それだけの力が必要だ、って」
「…………」
「それって、それぞれのことを信頼してるってことじゃないかしら」
 言われてみれば、そういう考え方もあるだろう。もっとも、そもそもデバイスの同時使用などということ自体完全に想定外ではあったが。
 だがセイバーが納得するかどうかはこの際あまり関係ない。今の話の流れで凛が何を言わんとしているかなど、とっくに悟っている。
「私にとって、今がその時なのよ。桜を連れ戻すために少しでも多くの力が欲しい。セイバー、貴女の宝具を借りられないかしら」
 姉が、妹を助ける。
 厳密に言えば、セイバーには姉妹はいない。だが、仮に己の使い魔である少女が危機に陥ったのならば、セイバーはなりふり構わず助けに向かうだろう。その時己が手に力がなかったら、そう考えないではない。
「……バルディッシュ、私は凛さんを応援したい。どうかな?」
 セイバーの手で実体化したバルディッシュが静かに発光し、
《――Yes sir.I enter under Rin's command》
 明滅と共に硬質の声を紡いだ。。
「ありがとう、セイバー……それにバルディッシュ」
《Aye ma'am》
「絶対、桜さんを連れて帰ってください……バルディッシュ、無茶なお願い聞いてくれて、ありがとう」
《Don't worry》
 セイバーの言葉に短く応え、バルディッシュも本来の主から仮初の主の手へと移る。
 宝石を収納したレイジングハートを握り、凛は思考する。協力を得られた以上、衛宮邸に居続ける必要はない。神父がどう、と言っていたところをみると桜は教会に移動したか、あるいは一度家に戻ったか。
「イリヤが足止めしててくれればありがたいけど……」
 手を組んだらしい言峰と合流されたり、自陣である間桐邸に籠もられたりしては厄介だ。イリヤがその辺りを警戒して、なるべく城に足止めしてくれることを願うが、過信は禁物。
 葛木の見張りや士郎への伝言にも使った宝石製の使い魔を飛ばし、教会と間桐邸の様子を探ることにする。焦る気持ちは勿論大きい。しかし、レイジングハートやバルディッシュを借り受けたはいいが、いざ桜の前に立って起動出来ませんでしたでは洒落にならない。
 使い魔の帰還を待つ間に起動チェックと、デバイスとの意志疎通を図るべきだろう。
 考えを纏め、立ち上がる。
「それじゃ、行ってくるわ」
「凛さん……!」
 部屋を出ようとする凛を、少女サーヴァント二人が同時に呼び止める。
 予期せず声を重ねてしまったアーチャーとセイバーは一瞬顔を見合わせ、そして頷きあう。けして長いつきあいではない二人だが、心は強い絆で結ばれている。視線を重ねただけで、お互いが凛に何を言わんとしているのか察したのだ。
「必ず……」
「……桜さんを」
「――ええ、任せておきなさい」
 両手に感じる硬質の温もり。いくつもの意志が、桜を連れ戻すために働いている。その事実を強く感じ、凛は呟く。
「それを――教えてあげるわ、桜」

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