月が無くとも、今や人工の光が夜を照らしている時代だ。 さほど街灯の多くない場所ではあるが、海浜公園もその例に漏れず周りを見渡すのに支障が無い程度には、明るく照らされていた。春先や夏にでもなれば、それなりにムードの漂うこの場所はカップルが集まったりもするのだろうが、いくら冬木が暖冬気味とは言えこの寒空の下でイチャつく剛の者はいないと見える。 寒空の下に似合うのは、 「見て見てイリヤ! あそこお魚が泳いでる!」 天真爛漫な子供だ、と相場が決まっている。 あまりにも無邪気な己がサーヴァントの様子に、イリヤはお姉さんぶった態度で、 「もう、外が楽しいのはわかるけど、レディーがそんなにはしゃぐものじゃないわ」 なんて言いながらも、バーサーカーと並んで手すりごしに水面を覗き込む。 「あ、跳ねた! ほら、あそこあそこ!」 「え、ほんと? ……あのね、わたしはバーサーカーみたく目がいいわけじゃないんだから、そんな遠くを指差されてもわからないわよ」 文句を言う口調は、なんだかんだ言って楽しげだった。 「ねえイリヤ」 「なに、バーサーカー」 「今日はお姉様と会えるかなぁ?」 イリヤに抱きつきながらのバーサーカー問いに、白い少女は首をかしげる。 「うーん、どうかしら。お兄ちゃん達も夜出歩いてるだろうから、会える可能性はあると思うけど」 「ぶー。かのうせいなんて、どーでもいいよ。お姉様に早く会いたいー!」 「もう、わがまま言わないの。わたしだって早くお兄ちゃんをわたしの物にしたいのに、我慢してるんだから」 むくーっと膨れるバーサーカーの柔らかな金髪を撫でながら、イリヤは川縁を離れた。 「そうね。あんまり待たせるのも悪いし、今日はお兄ちゃんの家の近くを歩いて……っ」 「あ……これ」 イリヤが思わず言葉を止め、バーサーカーも何かに気付いたかのように、空の一点を見上げる。 深山町の方向。見上げた先の空が、僅かに赤く染まっている。 「お姉様だ! ねえイリヤ、あそこにお姉様がいるわ! それも、弾幕ごっこしてる! いいなぁ、お姉様と弾幕ごっこ! ほらイリヤ早く行こう!」 「ちょ、ちょっと待ちなさいよバーサーカー!」 喜色満面の笑顔でイリヤを引っ張り、宙へと舞い上がろうとするバーサーカーを、イリヤは慌てて制止した。普通に飛ばれる分にはかまわないが、全力で飛ばれた日にはかなり洒落にならないことになる。それに、バーサーカーの性格を考えるに興奮しすぎてはイリヤを放り出して戦い始めかねない。 「やーだー! お姉様のところに……!?」 ますますふくれっ面になって、駄々をこねるバーサーカーが息を呑んだ。何事かとイリヤが問う前に、バーサーカーの宝石の翼が羽撃たき、イリヤを連れて空へと舞い上がる。 瞬間、 「!?」 二人が居た空間を、無数の刃が斬り裂いていた。 「避けたか――ふん、王に対して不遜ではないか」 酷薄な声が冬の空気を凍りつかせる。 一体何時の間に現れたのか。 男が、立っていた。 バーサーカーと同じ、金髪に赤い瞳。黒いライダースーツに身を包んだその姿そのものに、異常は無い。 だが、溢れ出る王気が男の印象を非凡なものにしていた。 「うそ――あなた、誰なの」 形こそ問いかけであったが、言葉は男に向けられたものではない。だが男はその呟きを聞きつけたか、侮蔑も露な笑いを浮かべ、 「何を言うか、人形。この身はおまえがよく知る英霊の一人であろう――そこの紛い物と違ってな」 言葉と共に、男の目の前が揺らぐ。 「童女のままごとにつきあうつもりはない。くだらん遊戯で我を煩わせるな」 そこに浮かぶモノを目にして、イリヤは目を見開いた。 最早言葉にもならない。 信じられないほど高度な幻想で編まれたその槍は、イリヤの見立てが確かならば―― 「疾く、去ね」 同時に、大気を穿つ音が響いた。 風を切り、渦を巻き起こし、バーサーカーを貫かんと魔槍が飛ぶ。 「バーサーカーっ!」 イリヤが叫ぶまでもない。バーサーカーは捻くれた杖を現出させ、真紅の槍をかろうじて弾く。 「ふん――褒められた態度ではないな。我が去ねと言ったのだぞ、自害でもするのが礼であろう!」 「イリヤごめんっ!」 言うが早いが、バーサーカーは身体を旋回させると、イリヤの小柄な身体を投げ飛ばした。その回転のまま、莫大な魔力を魔弾に変えて解き放つ。 冬に似合わぬ花火のような弾幕――それを貫き、赤黒い呪いの刃がバーサーカーの肩を掠めていった。 「あうっ! こ、このぉっ!」 手にした杖に注ぎ込まれる魔力。変化は一瞬で完了し、黒い捻れた杖は大気を灼熱させる炎剣へと変わる。 「"禁忌"――レーヴァテイン!」 幼い声が破壊の術式の名を叫んだ。振り回される剣は本来の長さを越え、地面を抉り、街灯を溶かし斬り、街路樹を炎上させながら、男へと襲い掛かる。 その圧倒的な破壊の一撃を、 「ほう……思ったより悪くない。童女と侮るは早計であったか」 光を放つ剣が、真っ向から受け止めていた。 「よい、逆らうことを許す。せいぜい踊ってみせよ」 言葉と共に迸る輝きが、杖が変じた炎剣の焔を吹き散らす。 投げ飛ばされるも、上手く植え込みに落下し、なんとか体勢を立て直していたイリヤは、その光景を見て震える。 「今の――グラム? さっきのはゲイボルクと、ダインスレフだった。……そんなはずない。複数の、しかも謂れの違う宝具を持ってる英雄なんて、そんなのいるわけないじゃない!」 宝具とは、サーヴァントが持つ切り札。生前の行いがカタチとなったものもあるが、多くは生前手にしていた武器や防具の類だ。ゲイボルクを持つならば、その英雄はアイルランドの光の御子、クー・フーリンであるはずだし、ダインスレフを手にしているのなら北欧神話に語られるホグニに他ならない。 そして、太陽に似た輝きを発しじりじりとバーサーカーを灼くグラムを振るうのはシグムント以外には有り得ないと言うのに――! 「熱っ……こ、こんな光っ!」 打ち合うたびに光が舞い、それがバーサーカーを傷つける。元より"魔法少女"を名乗るバーサーカー、近接戦闘は不得手だ。だがイリヤのサーヴァントは少女らしい幼さで、ムキになって男に向かっていってしまっている。 「ダメよバーサーカー! 離れて戦いなさい!」 「で、でもっ!」 「でもじゃないっ! いいから言うことを聞きなさい、バーサーカー!」 「――フ。所詮は犬畜生か。いや、主の言うことを聞く耳を持つ分犬畜生の方がまだマシと言うもの。近くで囀られるのも鬱陶しい――そら、離れぬと言うなら我が離してやろう」 光が爆裂した。 悲鳴をあげてバーサーカーの小さな姿が吹き飛ばされる。可愛らしい服もところどころが千切れ、灼光に肌を焼かれた痛々しい姿に、イリヤも悲鳴じみた声でバーサーカーの名を呼んでいた。 「こ――このぉっ、許さないんだからっ!!」 イリヤの呼びかけに応える余裕もなく、バーサーカーが幼さに見合わぬ悪鬼の表情を浮かべ、空を翔ける。 手にした杖は吹き飛ばされた時に炎剣のカタチを失っているが、バーサーカーは構わず突き進んだ。幼げな外見だが、身体能力は人間より遥かに上。黒杖のフルスイングが直撃すれば、手足はおろか頭蓋すら砕こうというものだ。 「やれやれ――学習という言葉を知らんのか。やはり畜生にも劣る」 ため息混じりにバーサーカーを迎え撃つ男だが、一合打ち合ったあとの行動に秀麗な眉をひそめた。 大振りで杖を叩きつけた瞬間、男が返す刀で斬りかかる前に、バーサーカーは宝石の翼を羽撃たかせると大きく距離を取ったのだ。バーサーカーの飛行軌道に、魔力の光跡が曳かれる。 ヒットアンドウェイ。高い機動力を持つバーサーカーならではの戦法である。 しかもバーサーカーは飛行している。今のところ浮く気配も見せない男では、空へ離脱するバーサーカーを追えまい。無論男には飛び道具があるので、空にいるバーサーカーに対してまったく打つ手なしとまではいかないだろうが。 「ふん――纏わりつくな、鬱陶しいと言ったはずだ。まったく羽虫の如きよな」 言い、男が剣を振るう。またあの陽光に似た一撃か、とイリヤがバーサーカーに警戒を呼びかけようとするが、 「……違う!?」 ほとんど目を離さなかったにも関わらず、男が手にしているのは青白い刀身を持つ剣に変わっていた。それと触れた瞬間に、周囲の空間を巻き込みながらバーサーカーの杖が凍結する。 「っ。つ、冷たっ……!」 「バーサーカーッ!!」 イリヤの叫びに、バーサーカーは咄嗟に手にした杖を放り出して飛び上がった。 バーサーカーが居た空間を、死神の鎌めいた湾曲した刃が通り過ぎ、凍てついた杖を弾き飛ばす。弾かれた己が得物をなんとか受け止めたバーサーカーだったが、体勢が崩れたところを更に数本の槍に狙われる。 飛んでいることが、まったくアドバンテージになっていない。せめて弾数に制限があれば別だろうが、男が撃ち出す武具は無限とも思えるほどだった。 「よもや飛んでいるから有利だ、などと考えたわけではあるまいな? 莫迦め。蚊蜻蛉がいくら飛び回ろうが、王に傷一つつけられるわけなかろう」 「馬鹿は――あなたの方!」 「なに?」 バーサーカーから魔力が噴き上がる。五指を広げたまま男へと向け、 「"禁忌"――籠女籠女」 叫びに呼応し、空間に停滞していた光跡の粒が次々と魔弾へ変成されていく。デタラメに飛び回っていたバーサーカーの軌道上に生まれたソレは、最早百どころではあるまい。 「ぬ、貴様――!」 「さあ――囲め囲め屈め屈め――消えちゃえ!」 広げた五指を振り上げれば、その先に巨大なリング状の魔弾が生まれた。 一瞬の躊躇いもない。男へと投じられたリング弾に押されるように、張り巡らされた魔弾も男を押し潰さんと殺到する! 「犬畜生めが……調子に乗るなッ!!」 男の目前に鏡のような盾が出現し、迫り来る魔弾を反射するがこの物量の前ではささやかな抵抗と呼ばざるを得ないだろう。手にした魔剣も並々ならぬ魔力を放ってはいるが、バーサーカーが張り巡らせた魔弾は切り払うにはあまりにも数が多い。 「ちぃ……! よもや童女相手に庫の全てを見せる破目になるとはな――!」 次々と迫る魔弾。その全てを片手で切り払いながら、男は空いた手に奇妙な短剣を握っていた。 「――王の財宝」 呟きと同時に空間が揺らぎ、 「な、うそっ!?」 男に迫る魔弾が、根こそぎ絶殺された。 「な、に……あれ」 まるで男を守るかのように、全方位に向けられた武器の群。 それら全て、先程から男が使っているのと同様―― 「宝具、ですって!? そんな、嘘、ありえない!」 「――ふん。何が有り得ないというのだ、人形」 「宝具を持つのは、その宝具を生前手にしていた英雄だけよ。貴方みたいに、山ほど宝具を持ってる英雄なんて、そんなのいるわけない! 仮に贋物だとして」 風切り音がイリヤの声を遮った。 はらりと、白銀の髪が一房落ち、処女雪の肌を血が汚す。 バーサーカーが迎撃する余裕もなく、男が射出した刃がイリヤの頬を掠めて飛んだのだ。 「イリヤっ!」 己が術式を破られショックを受けていたバーサーカーだったが、マスターの危機にまでぼうっとしているはずもない。自分と仲良くしてくれるこの白い少女のことを、バーサーカーは大好きになっていたのだから。 「くだらんことを言うな、人形。そのそっ首、今すぐ叩き落してやってもよいのだぞ? 世に出回っている物など、所詮転輪を重ね劣化した複製に過ぎん」 「劣化した……複製?」 「そうだ、我が持つ武具こそが原型――それを贋物呼ばわりとは万死に値するな」 「原、型……王――嘘。まさか貴方」 無限と思えるほど展開された宝具――否、その原型。男の言葉に、イリヤの頭の中で何かがぱちりと嵌った。 「ほう。人形とて捨てたものではないな。我の正体に気付いたか」 「最古の時代――世界がまだ一つだった頃に存在した国の、あらゆる財を収集した王……」 「そうだ。所詮後代に謳われる宝具など、王の死後流出したその財が使われていたにすぎん」 すなわち、その"王"はあらゆる神話、伝承、宝具の原型であるということ。そんな英雄はただ一人しか該当しない。 古代メソポタミアに君臨した魔人。 己が欲望のまま財宝を集め、果てには不老不死すら欲した半人半神の黄金王の名は―― 「――ギルガメッシュ。人類最古の英雄王……!」 呆然としたイリヤの言葉を受け、男――ギルガメッシュは満足そうに頷き、 「如何にも。この身はそのような紛い物では敵うべくもない最強の英霊だ――我に拮抗したくば、半人半神か騎士王でも用意すべきだったな。無論仮にそやつらが呼ばれようが、我に敵うはずもないが」 愉快そうに笑うギルガメッシュ。 その笑いを遮ったのは、 「ふんだ! ギルだかカメだか知らないけど、偉そうにしちゃって! イリヤを傷つけたの、許さないんだから!」 バーサーカーの幼い怒りの言葉だった。 その向こう見ずな怒りに、イリヤは喜ぶとともに絶望する。バーサーカーが自分を心配して、怒ってくれたのは嬉しい。だが同時に、無数の宝具ごしに見えるギルガメッシュの瞳からは遊びの色が消えたのが見て取れたのだ。 「――は、阿呆が。この絶対差を理解せんとは――やはり、ここで去ね」 ドーム状に展開された宝具の数々、それら全ての切っ先がイリヤとバーサーカーへと向く。 「……バーサーカー」 「大丈夫だよ、イリヤ」 自分よりも小柄な、しかもサーヴァントである少女に頼る自分を情けなく思いながら、だがギルガメッシュが向けるあまりに冷徹な殺気に耐え切れず、イリヤはバーサーカーの小さな肩を掴む。 そんなイリヤにバーサーカーはにかっと笑って、 「私はイリヤの友達だもん。友達は助け合うもんだって、教えてもらった。だから――」 バーサーカーがイリヤに向けた笑顔は、かつてバーサーカー自身が黒い魔砲使いに向けてもらったのと同質の笑顔なのだ。 「イリヤは私が守ってあげる!」 「戯言を――!」 飛び出したバーサーカーを、無数の宝具が迎え撃った。 手にした杖に魔力を注ぎ込みながら、同時に魔弾を前面に集中させる。小粒ながら間断なく放たれたそれは、既に光線に等しい。連続した衝撃が迫り来る宝具の弾丸へ、軌道の変更を強いる。 僅かに稼げた時間で、術式は為った。こびりついた氷と霜を一瞬で蒸発させ、杖は再び炎剣と化した。 「いっけぇーっ! 害なす魔杖ッ!」 轟く劫火。 デタラメな長さに伸びる炎剣は、振り回されるたびに飛来する宝具を打ち払う。 一見互角の戦い。 だが、 「バーサーカー……それじゃ、ダメよ。間に合わなくなる……!」 ぎゅっと両手を握り締めて、イリヤは己がサーヴァントの奮戦を見守っていた。 イリヤへの被害を避けるために、高速で飛び回り宝具を打ち落とすバーサーカーに対し、ギルガメッシュはあろうことかポケットに手を突っ込んだまま棒立ちしていた。その顔に浮かぶのは、はっきりと侮蔑。 「ほう? なかなか粘る――少し密度を上げるか」 言葉と同時、ギルガメッシュの周囲がさらに歪んだ。 大気を穿ち、次々と宝具が奔る。 遊ばれている。 その事実に、イリヤは奥歯を噛み締めた。 あまりにも出鱈目すぎだ。こと戦闘においてギルガメッシュは既に『戦争』という現象に等しい。大量の魔弾を操るバーサーカーもそれに近いが、放つ弾丸の一つ一つがまさに必殺であるギルガメッシュほどではない。 「っ! あ、うあ……っ!」 「ば、バーサーカーっ!」 ついに、宝具の弾丸がバーサーカーを捉えた。華奢な手足を浅く切り裂かれ、体勢を崩したところに容赦なく降り注ぐ刃の雨。宝石の翼が砕かれるに到り、バーサーカーは堪らず悲鳴をあげる。 「詰みだ」 わざわざ片手を上げ、わかりやすくこれからトドメの一撃を放つ、とアピールするギルガメッシュ。だが、いかにそれがわかっていようがイリヤとバーサーカーにそれを回避する手段はない。唯一の手段は令呪によるブーストだが、あの速度だ。イリヤが命じるよりも早く二人は貫かれるだろう。 「――おねえ、さま」 「……に……ちゃ……」 最期の呟きは、それぞれの大切な人への呼びかけ。 だが応えがあるはずもない。 少女の肉を貫く鈍い音が―― 「ぬ?」 否。 響いたのは、金属が打たれる高い音。 そして、 「はあああああっ!」 凛々しい少女の咆哮。 天空から降り立ったのは、黄金の閃きと桜色の光弾。 「間一髪……だったね」 厳しい声で呟きながら、まるで守るかのようにイリヤの前へ着地するその姿は、 「あ、アーチャー!? それに、セイバーも!」 「……うん。間に合って、よかった」 振り向き、穏やかに微笑むセイバー。だがそれも一瞬、即座にギルガメッシュへと向き直り、 「貴方が何者かは知らないけど、殺そうとするなんてやりすぎだ。退くならよし――そうでないなら」 金の刃を噴出する黒杖を構えなおし、セイバーはギルガメッシュを睨む。 「悪いけど、倒させてもらう」 その固い決意を秘めた眼差しに、 「く――ふ、はは、はははははははは!」 何がおかしいのか、ギルガメッシュは腹を抱えて笑う。 「なにがおかしいの!」 「は。これが笑わずにいられるか。紛い物の童女が我を倒すと謳うのだからな! くだらなすぎて笑うしかなかろう? ――まあ、我にとっては好都合だ。纏めて片付けるに越したことはないからな」 再び片手をあげるギルガメッシュ。その動きに呼応し、空間が揺らぐ。 「よい。邪魔をしたのは許そう――その道化ぶりに免じてな。そこの犬畜生程度には我を楽しませてみせよ!」 宝具が奔る。 「気をつけて、なのは! これ……!」 「わかってる! 全部本物だ……!」 セイバーに応えながら、アーチャーは防御魔術を全開にしながら前へ飛び出す。降り立った場所ではイリヤは守れるが、バーサーカーまでは守れない。 《Round Shield》 「っ……!」 レイジングハートを持つのとは逆の右手で展開した魔術盾が、ただの一撃で軋みをあげる。 直撃しては如何に堅固なアーチャーの防御魔術とは言え、数度で砕け散りかねないだけの重みがあるのを瞬時に感じ、アーチャーは早口に呪文を唱え、 「ディバインシューター……シュートっ!」 宝具の雨を弾きイリヤを守った桜色の光弾を生成、撃ち出す。 極めて正確なコントロール技術に支えられ、光弾は絶妙な位置にぶつかり、上手く宝具弾丸の軌道を逸らしていった。 無論アーチャーが放った数発の光弾だけで弾ききれるほど薄い弾幕ではないが、彼女には頼りになる親友が異世界に呼ばれた今も、傍らにいるのだ。 「バルディッシュ、ランサー任せた!」 鎌の形態を取った相棒に呼びかけながら、セイバーは刃を振るう。少女ながら魔力によって強化された鋭い太刀筋が狙い違わず迫る宝具を切り払った。そして、呼びかけられた知性ある魔杖もまた、主の信頼を受け高速で術式を走らせる。 《Yes,sir. Photon Lancer――Fullauto Fire》 鋼の声が術式の起動を宣言し、雷球がセイバーの周囲に浮かび――次の瞬間にはそこから黄金の魔弾が連射された。突進力の強い魔弾によって、ギルガメッシュへの道が開ける。そこに、 「はあああああっ!」 金の刃を振り翳したセイバーが飛び込んだ。 「ほう――少しは出来るな」 セイバーとアーチャーの連携により宝具が弾き散らされるのを眺め、ギルガメッシュは呟いた。迫るセイバーを、抜き放った魔剣で迎撃しながら、愉快そうに笑う。 「だが、二人でこの程度とはがっかりさせてくれる。まだバーサーカー一人の方が歯応えがあったぞ。我に盾を持たせたのだからな」 そうは言うものの、後ろにいるアーチャー達へ向ける宝具が散漫になっているのは、やはり目の前のセイバーに集中しているからだろう。おかげで、イリヤがバーサーカーに駆け寄る余裕が生まれた。 「バーサーカー、大丈夫!?」 「いたいけど……だ、大丈夫、まだいけるよ!」 健気に笑ってみせるバーサーカーだが、砕けた宝石の翼が痛々しい。如何に硬質に見えても、爪が割れた程度の痛みではないはずだ。 「ダメだよ、バーサーカーちゃん! 無理しないで、イリヤさんを連れて逃げて!」 「え?」 「バーサーカーちゃん、怪我してるもん。大丈夫っ、もうすぐ凛さん達も来てくれるから!」 《Master. Don't take your eyes off the barrage》 「わ、わわっ、ごめんねレイジングハートっ」 振り返り、イリヤ達に笑顔を見せたアーチャー。だが、笑顔とは裏腹に額には脂汗が浮かんではいなかったか。手にした杖に、微細に皹が入ってはいないか。 「……いいえ。こんなところでおめおめ逃げ出せるわけないでしょう」 俯き、しばしの逡巡。顔をあげたイリヤは呟きながら、バーサーカーを見る。 「バーサーカー。お願い、もう少しだけ頑張って……!」 「うんっ、わかってるよイリヤ。わたしだって、負けるのキライだもん!」 無理の垣間見える元気さで応えると、バーサーカーはよろめきながら立ち上がった。 酷使されてさらに捻れてしまった杖を両手で握り、セイバーと切り結ぶギルガメッシュへと向ける。 高まる魔力は傷ついた身体には諸刃の剣だ。術式の構築と共に、痛みが身体に刻まれるがバーサーカーは唇を噛み締めて耐える。噴き出る魔力がバーサーカーの正面へと集中、奇怪な色彩を描いていく。 中心が白。外周へ向けて赤橙黄緑青藍が広がり、最外周を紫が彩る、真逆の虹。 「なに……この光……?」 それは、人類が未だ見ることの出来ぬ輝き。辿り着けぬ幻想の光。 「……"禁、弾"」 荒い息を吐き、バーサーカーは杖を振り上げる。 起動の魔力を込め、叫ぶ。 「星虹よ――砕け散れ!」 それは、硝子が砕ける音に似ていた。 「っ! フェイトちゃん、下がってーっ!」 アーチャーの叫びに、ギルガメッシュの斬撃を真っ向から受け止め鍔迫り合いの状態となっていたセイバーは、状況がわからないまま親友の言葉を信じ、ギルガメッシュが押してくる力を利用して大きく後退する。 そこに虹が降り注いだ。 「なに」 その煌びやかさに、ギルガメッシュは一瞬目を見開く。 七色の輝きを抱く魔弾が、雨霰とギルガメッシュへと殺到する。発生源は、バーサーカーの目の前の空間。次々に現れる真逆の虹へと、バーサーカーは即座に杖を叩きつける。その度に虹は澄んだ音を立てて砕け、魔弾と化して撒き散らされるのだ。 一心不乱に杖を振り回す様子は、まさしく狂戦士の呼び名に相応しい。 「ぐ、貴様――!」 今までの魔弾の群とは段違いの速度と密度に、ギルガメッシュも流石に防御に専念せざるを得なくなったか。虹色の魔弾に埋め尽くされていくギルガメッシュの周囲を見て、セイバーの後退により並び立つこととなった黒白の少女サーヴァントは顔を見合わせ頷きあう。 「なのは――!」 「うんっ、今が――チャンスだね!」 《Shooting Mode》 《Device Form》 主の意を受け、それぞれの魔杖が重々しい音を伴い変形を完了する。レイジングハートは射撃、砲戦特化の形状に、バルディッシュは全距離対応の基本形に。 「ディバイン……」 レイジングハートの先端で環状魔法陣が回り、光球が膨れ上がる。 「サンダー……」 セイバーの片手に魔法陣が浮かび、雷光が駆け巡る。 かつて、こうして並び魔砲を放ったことを思い出し、激戦の最中ではあるがアーチャー達は僅かに微笑み、いつかと同じように、 「せーのっ!」 アーチャーの叫びでタイミングを合わせ、それぞれの術を紡ぎ出した。 「バスターッ!!」 「スマッシャー!」 共に魔力をほとんど素のまま相手に叩きつける、直撃すれば昏倒必至の、一撃必倒を約束された直射砲撃。例え防御したところで魔力をごっそり削る――否、抉られる凶悪なシロモノ、まともな戦闘もままならなくなるだろう。 まして、バーサーカーが放つ虹色の魔弾を捌いているギルガメッシュに回避の手段はあるまい。 「いっけえぇーっ!」 少女達の叫びを受け、魔力の放出が終わる。ほぼ同時にバーサーカーも流石に力尽きたか、ぐらりと崩れかけるが杖を支えにしてかろうじて倒れずに済んだところを、イリヤに支えてもらっていた。 「あはは、ふらふらだ」 「馬鹿、笑いごとじゃないわよ! ……でも、頑張ったねバーサーカー。ありがと」 「えへー」 ばふっとイリヤに抱きつく。そんなバーサーカーの髪を撫でる。 「セイバーとアーチャーも、ありがとう」 「困った時は」 「お互い様、だよ」 振り向き、にっこりと笑うアーチャーと、対照的に穏やかに微笑むセイバー。 その髪を風が揺らす。 「……え?」 あれほど強力な魔術が炸裂したのだ。空気がざわついているのは当然。 だが、今の風は明確にギルガメッシュが立っていた、三種の魔術の爆心地から―― イリヤが疑問を抱いた瞬間だった。 業風が、吹き荒ぶ。巻き上がった爆煙が瞬く間に晴れ、 「大したものだ――我に、この鎧を纏わせるとはな」 鋼の足音を立て、姿を現したのは、 「ギル――ガメッシュ」 黒のライダースーツから一転、黄金王の名に相応しく、煌く黄金の鎧を身に纏ったギルガメッシュその人であった。 風は、手にしたモノから発せられている。 それを、なんと呼べばよいのか。 剣――では、あるのだろう。だが、そのなんと異質なことか。円柱じみた形態だけではない、その存在感――言い知れぬ悪寒を抱かせる。 「これは褒美だ。我がこの剣を抜くなど滅多にあることではないのだぞ」 円柱めいた剣。三つのパーツで作られた刃が互い違いにゆっくりと回転する様は、固い岩盤を抉り貫く削岩機にも似ている。 「先程から投じている宝具とは違い、これは英雄王である我しか持ち得ぬ剣だ――まあ、銘が無いのは同じであるがな。我はエアと呼んでいる」 淡々とした調子の、だがその声に込められたあまりの威圧感。 いかにセイバーやアーチャーが激戦を潜り抜けてきたからと言って、その心は未だ少女のそれにすぎない。ギルガメッシュの放つ王気に萎縮するのも無理は無いことだ。 だが、その恐怖を振り払う意志が、セイバー達にはあった。 それぞれの相棒を構えるセイバー達に、ギルガメッシュは楽しげに笑う。 「童女と思っていたが、なかなかどうして――面白い。その抗い、娯楽に値するぞ」 「娯楽って――!」 「貴方、人の命をなんだと……!」 「人の命? は、そんなもの」 我のモノに決まっているだろう。 まるで太陽が昇る方向を尋ねられたかのような当然さで、ギルガメッシュは答えた。 「そんな……そんな身勝手!」 「許されるはず、ないっ」 「ふん……許すも何も、全ては王たる我の匙加減一つと何故理解せん。――まあよい。いい加減児戯につきあうのも飽きた」 ギルガメッシュの意志に呼応し、エアと呼ばれた石柱の剣が吼えた。三つの刃が音を立てて唸り、周囲の風を巻き込みながら回転、暴風を引き起こす――! 「王の剣――その目に焼き付け、消え去るがいい」 無論、セイバーとアーチャーが黙ってみているわけはなかった。即座に手にしたデバイスの先端をギルガメッシュへ向け、再度砲撃魔術を組み上げる。主の意志を受け、若干の工程をすっ飛ばして砲撃は完成した。精度と収束に難有りだが、この距離ならば外す心配もない。 「ディバインバスターっ!」 「サンダースマッシャー!」 桜色と黄金。 二色の閃光は砲と言うより、壁に近い。 迫り来る輝きを前に、だがギルガメッシュは慌てない。絶対の自信を以って、手にした異形の剣を突き出した。 「天地乖離す開闢の星――」 轟音、閃光。世界の終焉――いや、あるいはこの光景は創世のそれか。 肉体的には少女に過ぎないイリヤと、傷ついたバーサーカーにその激突の終わりを見届けることは不可能だった。余波の衝撃すら周囲を薙ぎ払い――それは当然、近くで見守っていたイリヤ達をも巻き込んだ。 見守る者はなく、衝突の趨勢は――決する。 |