「お姉様いないねー」 「うーん、場所が悪かったのかしら」 寒空の下、その少女達が歩いているのはあまりにも不釣合いな光景だった。 濃紫のコートの上で、銀髪を揺らすのは言うまでもない、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。そしてその傍らで歪な羽根をぱたぱた動かしているのはイリヤのサーヴァントであるバーサーカー、フランドール・スカーレットだ。 二人が歩いているのは新都、駅に程近いオフィス街。昼間でもイリヤ達くらいの年頃の少女がいるのは不似合いな場所で、勿論深夜なら釣り合うわけでもない。ますます不自然な光景である。 「ここらの方が大勢人いるんだから、お兄ちゃんが見回りに来るならこっちだと思ったのに」 「ええー? だってぇ、誰もいないよ? お昼に行ったとこの方が人間いっぱいいたじゃない」 「この辺だって昼間はいっぱいだもの。他のマスター達がなにか仕掛けるのならこのあたり、と思ったの!」 「あはは、じゃあイリヤの予想大はずれだー」 「む〜」 楽しそうにけらけら笑うバーサーカーに、イリヤは顔をしかめてみせる。 本来ならばサーヴァントにこのような態度を取られては我慢ならないだろうが、異界から招かれたと思しきバーサーカー相手であれば話は別だ。バーサーカー自身が語るところによれば495年以上生きていると言うが、見かけも言動も幼い少女としか思えないバーサーカーである。イリヤもついついお姉さんぶった気分になるのは仕方の無いことだろう。 「……それにしてもバーサーカー、なんだか御機嫌ね。どうして?」 イリヤの言葉どおり、バーサーカーは実に御機嫌だった。なにやら聞き慣れない鼻歌まで歌っている己がサーヴァントに、イリヤは呆れたような眼差しを向けて問いかける。 その疑問に、バーサーカーはにこにこしながら、 「だって、すごく楽しいんだもの! "せかい"ってモノがこんなに広いなんて、私知らなかった!」 笑い、バーサーカーは歪な翼を羽ばたかせて宙に浮き上がった。くるり、くるりと何度も回転し、 「これが、これが"せかい"! なんだか暗くて薄汚いけど、なんて広いのかしら!」 両手を広げ、笑った。 「ほら、見てイリヤ!」 眼下で呆れたような顔をしているイリヤへ振り向き、得意げに両手を掲げて見せる。 バーサーカーの視線は、指の間から汚れた空気の彼方で星が煌く空を見ていた。 「"せかい"が――」 笑いながら、バーサーカーは廻る。 くるり、狂り、と。 その笑顔は見たままの童女の笑いであると同時に、 「私の――手の中に、ある――!」 ――例えのようの無いほど、禍々しい嗤いだった。 だが、それに臆するイリヤではない。むしろその禍々しさは心強いと不敵な笑みを浮かべるが、なおも楽しげに宙を舞うバーサーカーへと、囁くような声で、 「いいわ。バーサーカー、その調子でお兄ちゃん達もやっちゃってね」 語りかけた瞬間の表情に、笑みは無かった。 「それにしても退屈! ねえイリヤ、お姉さまがいないんだったら、イリヤが弾幕ごっこの相手になってよ! お散歩だけなんてつまらないわ」 ふわりとイリヤの背中に抱きつきながら、バーサーカーが甘えるようにねだる。 それに流石のイリヤも少々慌てた様子で、 「ダーメ。私直接的な魔術行使は苦手だもの。バーサーカーの相手はとてもつとまらないわ」 「ぶぅー。つまらないつまらないつまらなーいっ」 「もう、ワガママなんだから」 「ワガママじゃないもん。シローのおうちわかってるんでしょ? だったら、シローのおうち行こうよ、早くお姉さまに会いたい」 「ダメよ。自分から押しかけるなんて、レディーのすることじゃないわ。それに……」 士郎の家は、 「……の家なんだもん……」 「え?」 イリヤの呟きは超人的な感覚を持ったバーサーカーの耳には届いたのだが、どうやら誰かの名前を呼んだらしく聞き取ることが出来なかったようだ。イリヤとしてもバーサーカーに聞かせようと思ったわけではないので、聞き返されると小さく首を振り、 「なんでもない。とにかく、いいじゃない。バーサーカーはずっとお屋敷の中にいたんでしょ? だったら、散歩だって楽しくない?」 「んー、イリヤとお散歩するのは楽しいよ? でも、お姉さまがいるんだったらお姉さまとも遊びたいし、昨日の子達とも遊びたい。私とあんなに遊べる人間が魔理沙達以外にいるなんて、ほんとに楽しい!」 「またマリサ? バーサーカーはそのマリサって人が好きなのね」 「うんっ、だって初めて見た人間だし、私と遊んでくれるし。でもイリヤも好きだよ? 優しいし、綺麗だし」 「そう。……っ?」 無邪気な言葉に微笑を作ったイリヤの表情が凍る。 肌に触れる空気の質が変わった。刺すように冷たい、だがそれが清らかな印象を与える冬の空気から、何処のモノとも知れぬ粘つくような空気に。 「なにこれ、気持ち悪いよー」 バーサーカーが唇を尖らせ、捻れた杖を具現化させて犬でも追い払うかのように振り回す。 そこに、 「くっ……ははっ、あはははははっ! なんだよ、強い魔力があるとか言うから何かと思ったら、またガキかよ!」 矮小な哄笑が響き渡った。 「……何者よ」 姿を見せぬ何者かの嗤いに、イリヤは眉をひそめ身構える。そんなイリヤを庇うように、バーサーカーが歪に煌く宝石の翼を広げ、手にした杖を構えた。イリヤ同様幼い表情に不機嫌な色を浮かべ、 「なにこの声。……キライ」 小さく呟く瞳には、剣呑な光が宿っている。 「僕が何者かって? ふん、どうせ今から死ぬお前に教えても無意味かもしれないけど、自分を殺す相手の名前も知らないってのも哀れだね。教えてやるよ」 何処からとも無く聞こえる声には、嗜虐が色濃く混ざっていた。 「僕の名は間桐慎二、大魔術師間桐慎二さ! この名を抱いて死んでいくがいい! やれ、ライダーっ!!」 「マトウ……ふん、成る程。もともと気に入らなかったけど、マキリの当代はとんだ蛆虫だったってわけね」 声の――慎二の名乗りに、イリヤはこれ見よがしに蔑んだ言葉を放つ。 だが幸いにもその言葉は鳴り響いた轟音によってかき消された。 轟音は、天空より振り下ろされた黄金の一撃と、バーサーカーの杖が奏でる破砕の音色だ。 魔力のぶつかり合いが火花すら発し、夜闇に二人の少女の顔を浮き彫りにする。 慎二の声に苛立っているのか、珍しくむすりとした顔のバーサーカーと、無表情のまま剣めいた十字架を手にする黒衣のライダー。 力比べは一瞬。 両者は弾かれたように離れ、空中で相対する。 「……嫌な感じ。つまらなさそうだから、さっさと終わりにしよ」 バーサーカーが杖を振りかざすと同時、空が破裂した。 否、破裂したのはバーサーカーが生んだ魔弾だ。 冬空には不似合いな、花火にも見える魔弾がバーサーカーの周囲で炸裂する。 美しさは花火と同様だが遥かに危険な火花は消えることなく拡散し、破壊を撒き散らす。 「強力な魔力……けれど」 ふわりと、ライダーが宙を舞う。 炸裂する魔弾の隙間を縫うように飛び、 「単調故に、避けやすい」 呟きの続きを言葉にし、加速。 大気を瘴気で犯しながら飛翔し、目指すはバーサーカーの首だ。 手にした黄金はバーサーカーの髪と同じ色でありながら決定的に違う彩、魔性を抱いた妖しき輝き。触れたモノ全てを斬り裂く異界の産物。 「しィッ!」 呼気と共に黄金が振り下ろされた。 空気すらも断ち、細い首筋へと迫るソレは、だが捻れた杖によって防がれる。 「ちっ……っ!?」 舌打ちするも束の間、ライダーは深い闇を宿した瞳を瞠った。 杖が、 「"禁忌"」 言葉と共に揺らぎ、 「四重存在」 増えた。 「くっ……があっ!」 咄嗟に防禦結界を展開したライダーだったが、あまりにも近すぎた。 視界を埋め尽くさんばかりにばら撒かれた魔弾がライダーの全身をうちのめす。 「貴様っ。小娘の分際で……味な真似をッ!」 吹き飛ばされながらも、毒づいたライダーが手を振り翳した。指先に浮かぶは漆黒の球体――凝縮された重力弾だ。 「ン・カイの闇よ!」 闇が疾る鈍い音に混ざり、童女の笑いが多重に夜空へと響く。 闇越しに空を見上げたライダーの視界に映るのは、四人の寸分違わぬ格好の少女。 すなわち、四人のバーサーカーであった。 「あんたなんかと、遊びたくない!」 四人のバーサーカーは好き放題にライダーへと向かって魔弾を放つ。しかし一発一発に込められた魔力の差か、飛来する重力塊を貫けず飲み込まれていく。 散開するバーサーカー達だが、重力塊は誘導性能を持つ。ただ後退すれば避けられるものではない。 魔弾を放つ手が緩まるその隙を、ライダーが見逃すはずもない。再び宙へと舞い上がり、重力弾に続けて魔術を放とうと術式を編み、 「っ」 構築した術式へ注げる魔力の少なさに、愕然とする。 本来の主と共に居るライダーであれば、魔力など気にする必要もなかった。世界の怨敵たる主には、それだけの力があったのだから。 だが、今共にいる矮小な少年に仮託された魔力では、高度な魔術を操るライダーが戦うのにあまりにも不足。 外因によって己の力が制限されていることに、ライダーは再び舌打ち、取り得る戦術を演算する。 手にした黄金の十字架で戦うのは無謀だ。例え本来の主と共にいようと、近接戦闘が得意だとはお世辞にも言えない。 距離を取って魔術戦を行う――これも却下。現在の魔力量ではおそらく撃ち負ける。 ならば、選べる手は一つ。 「来たれ――」 呟き、念じる。 己が分身とも呼べる、その存在を。 ライダーの目の前に、昏い輝きが灯る。 そして、ソレは現出した。 猛り狂う轟音を伴い、瘴気を纏って、バーサーカーへと躍り掛かる。 その名を、 「忌まわしき狩人!」 かつてライダーがその身を宿した、宙を駆ける大型バイクこそが、昨夜ランサーに大打撃を与えたライダーの宝具だった。 高らかに排気音を響かせ、己が撃ち出した重力弾すら撥ね飛ばし、ハンティングホラーが宙を走る。 バーサーカーとの間の距離など、無に等しかった。 まさに瞬間で、ハンティングホラーは四人のバーサーカーに肉薄する。 突然の轟音にショックを受けたのか、バーサーカーに回避の動きは無い。 激突。 肉厚のタイヤが、柔らかな肉と細い骨を蹂躙する感触にライダーは酷薄な笑みを浮かべ、さらにスロットルを回す。 「バーサーカーっ!」 「ははっ、いいぞライダーっ!」 二人のマスターから、ほぼ同時にそれぞれのサーヴァントを呼ぶ声があがった。 一方は心配から、もう一方は加虐の愉悦から。 「あぐっ……ああああああああああああああああああっ!!」 「ッ!?」 痛みの為の悲鳴ではない。 轢き潰すのを諦め、ハンドルを切ったライダーのぬばたまの黒髪が一房宙を舞う。 華麗にターンを決めたライダーがバーサーカーへと向き直れば、バーサーカーを守るように虚空に光の剣が浮かんでいた。柄の部分で交わった光剣は長短二本、時計の針の如くじりじりと回転している。 「…………」 分かたれた三人までは今の突進で打ち倒せた。が、一人残してしまっては意味が無い。 巨大な鋼の偽神すら破砕したハンティングホラーですら、今の能力ではこの程度の力しか持たないことを知り、ライダーは不気味なほどに整った美貌を苛立ちに歪める。 対するバーサーカーもまた、幼い表情を歪めていた。痛みと、言い知れぬ暗い感情によって。 敗北は、あった。初めて見た人間、黒い魔砲使いに負けたことを皮切りに紅白の巫女にも負けたことはあるし、姉やその友人と弾幕ごっこをして負けたことも多い。 だが、 「なに、この気持ち……気持ち悪い。黒くて、どろどろしてる……」 劣勢に追い込まれ、こんな気持ちを抱いたのは初めてだった。焦りとも、悔しさとも違う。 苛々して、なにもかも滅茶苦茶にしてやりたいような気にさせる、赤く黒い感情。 495年の孤独を過ごして来たバーサーカーは、その心の名を知らない。 「けど」 ソレをどうしたら無くせるか、それには察しがついていた。 目の前にいる黒いモノと遊んでいるから、こんな気持ちになるのだ。 ならば、さっさと遊び終えてしまえばいい。 どちらかが動けなくなってしまえば、遊びは終わりだ。 ゆえに、バーサーカーはイリヤの承認も待たずに術式を展開した。 バーサーカーが得意とする十の術式。一度の遊びで使っていいのは一つと言われていたが、既にそのことはバーサーカーの頭から抜け落ちている。離れて見ているイリヤからはバーサーカーが自分との約束を破ったことがわかったが、強敵相手にいつまでも力をセーブさせるような真似は如何にイリヤが自信家だろうとしない。バーサーカーが自主的に使わなければ、使うように促すつもりもあった。 バーサーカーの前をゆらりと漂っていた光剣が僅かに揺らぐと、切っ先をライダーへと定める。無論、それを黙って眺めているライダーではない。再びスロットルを回し大きく旋回、バーサーカーを轢き潰さんと距離を取った。 「…………」 「…………」 無言は一瞬、沈黙をエグゾーストの爆音が打ち砕き、ハンティングホラーが夜闇を汚し疾る。 だが、初回のように容易くバーサーカーに肉薄することは不可能だ。バーサーカーの周囲を旋回する光剣が油断なく切っ先をライダーへと向けている。下手に走れば、飛ぶのはライダーの首の方になるだろう。 「ちぃッ」 バーサーカーもぼんやりと浮遊しているだけではない、大粒の魔弾を次々と放ち、ライダーを撃ち落さんとする。 魔弾の威力そのものはさほど高くなく防禦陣によって弾けるが、真正面から幾重にも叩き込まれては防ぎきれる保証は無い。よってライダーは攻めあぐね、空中をジグザグの軌道で走るばかり。 「おいライダー! なにノロノロしてるんだよっ。さっさとその生意気なガキを轢き殺しちまえ!」 その機動にしびれを切らしたのか、慎二が叫ぶ。途端、ライダーの手が勝手にスロットルを回し、行き先をバーサーカーへと定めた。 「っ!? 令呪を……!」 あくまでも慇懃に振舞っていたライダーの仮面が崩れ、生々しい憎しみの表情が覗く。己を勝手気ままに操らんとする慎二への憎しみと、それに逆らえぬ自分への怒り。端正な顔立ちが歪むが、サーヴァントの身を縛る絶対的な令呪の命令には逆らえない。 瘴気の痕を虚空に残し、ハンティングホラーはバーサーカーへ向けて一直線に駆けた。 そこに、バーサーカーの魔弾が殺到する。 「く――小娘ッ!」 吼える。 仮初の主からの補給は無く、防禦陣へ魔力を注ぎ込む度己の存在が希薄になるのを感じるが、ここで果てるわけにもいかない。 「があああああああっ!!」 細い体躯に不似合いな、怨嗟に等しい絶叫。 罅割れた防禦陣が、光剣の直撃を受けるに到って崩壊する。 だが、 「終わりだっ!」 同時にバーサーカーとライダーの間にあった距離は零と化していた。 分厚いタイヤがバーサーカーの小柄な身体を直撃―― 「っ!?」 否、ハンティングホラーはバーサーカーの身体を捕らえてはいない。 巨大な機体とバーサーカーの間に、強い魔力の迸りを感知し、ライダーは驚愕する。 防御結界でも張られたかと魔力の輝きに目を細めながらバーサーカーを睨み、 「……時計?」 その手にあったものに、思わず呆然とした。 バーサーカーの手に握られ、ハンティングホラーの突撃を防いだ魔力の塊。それは、ぼんやりと光る時計の形を成していた。 半ばで折れた時針、剥げ落ちた塗装、罅割れた文字盤。 壊れた時計が刻むのは―― 「"禁弾"」 バーサーカーが嗤う。幼い容姿にはあまりにも不釣合いに。 バーサーカーが微笑う。幼い容姿にこの上も無く似合って。 「――過去を刻む時計――」 言霊が解き放たれた瞬間、一つの事象が崩壊した。 バーサーカーから伸びる破壊の能力が、世界を侵す。法則が、秩序が乱される。 過去が切り刻まれ、現在へと混入。 「な――!?」 ぞわりとした感覚。 背筋が凍る――いや、灼けるソレは、比喩でもなんでもない、現実だ。 避けたはずの光剣が、ハンティングホラーの機体を貫き、ライダーの背を灼いていた。 咄嗟にスロットルを回し、離脱せんとするライダーだが、 「――え」 目の前に、光剣が浮かんでいる。 たった今、ライダーの背中を灼いたはずの光剣が、目の前に。 それは数秒前に存在した事象。 流入した過去。 破壊された時間軸が巻き起こした多重存在。 防禦陣を張る間もなく、ライダーの細く白い首に光剣が食い込み、 「――――」 夜空に黴臭い書物の頁が舞った。 「な……う、嘘だろ……お、おいっ、ライダーっ!」 うろたえた声が響くが、当然応えは無い。 頁は風に乗って空の彼方へ吹き飛んでいく。 「……よくやったわ、バーサーカー」 荒い息を吐くバーサーカーに、イリヤが労いの声をかける。口から漏れるのは安堵の息、バーサーカーと自分の強さを微塵も疑っていないとは言え、今の戦いがやや危なげだったのも事実だ。 「あとは……マキリの蛆虫を潰すだけね」 言いながら、指先に魔力が凝縮する。 先ほどの令呪発動で位置は掴んでいた。 「さよなら、敗者は戦場で果てるのが掟でしょう?」 囁くように告げ、魔弾を解き放つ。 それは一直線に近くのビルの一室へと向かい、 「いたっ!」 「!? バーサーカーっ!?」 ふわふわと降りてきたバーサーカーの背中へと直撃した。 「ひっどーいっ! なにするのよーっ!!」 「バーサーカーこそ、なんで邪魔するの!」 「邪魔? なんのこと? ひどい、イリヤにいじめられた。お姉さまに会ったら、イリヤのこと叱ってもらうんだからっ!」 「いじめてないっ。バーサーカーが周り見ないで降りてくるのが悪いんじゃない!」 言い合いを続ける少女達だが、 「ううー……っあ……?」 突然、バーサーカーがふらりと力を失い、僅かに浮遊していた位置から落下する。 「っ! バーサーカーっ!」 慌ててイリヤが落下地点に走り、少女達の小さな悲鳴が重なる。小柄なバーサーカーとは言え、イリヤもまた成長過程の少女、受け止めきることは出来ずに二人そろって道路に転がることとなった。 「え、えへへ、疲れちゃった……」 「……もうっ、驚かせるんだから。……ご苦労様。あと背中……ごめんね」 「……うん、謝ってくれるなら、許したげる」 笑うバーサーカーの心には、先程まであったどろどろとした感情の残滓も無い。 そんな少女達を見下ろすビルの一室、拳を叩きつけられたガラスが揺れた。 「くそっ……くそくそくそくそくそくそくそくそくそくそっ!! なんだよ、クズサーヴァントめっ! あんなガキどもに負けやがって……! ああ、くそっ、どうすりゃいいんだ、サーヴァントが死んでも復帰の可能性があるマスターは狙われる……くそっ!」 怯え、血走った瞳がガラスに映る……だが、慎二の瞳は己の弱さの証であるその像を認めようとはしない。 がんがんと拳に血が滲むまでガラスを叩き続けていた慎二だが、ふっと何かに気づいたように顔をあげる。 「……そうだ、教会。あそこは中立地帯だって話だったよな……」 ガラスにへばりつき、眼下を見下ろしてバーサーカー達が立ち去るのを、慎二はじっと待った。さほど待たずにその時は訪れる。 外の安全が確保されたのを確認し、慎二はふらふらとビルを出て行く。 教会へ行く。その判断を誰が責められよう。正常な聖杯戦争ならば、それは敗者に用意された真っ当な逃げ場だったはずだ。 だが、慎二は――否、教会に住まう者以外知るまい。此度の聖杯戦争において最も警戒すべきモノが、子羊たる人が頼るべき神の家に潜んでいる、などと―― |